FBIが保管している「遺物」が語る、歴史的事件の記憶
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 FBI(連邦捜査局)はアメリカの捜査機関であり、日本でも映画やドラマを通じて広く知られている存在だ。よく混同されるCIAが海外での諜報活動を担っているのに対し、FBIはアメリカ国内での犯罪捜査やテロ対策、サイバー犯罪などを主な任務としている。

 FBI公式サイトの「遺物」コレクションでは、事件の記録を超えた興味深い69の証拠品やかつて捜査に使用していた機器の数々が公開されている。

 それぞれが当時の事件を鮮明に呼び起こすものだ。今回はFBIという組織について学びながら、公開されている遺物の中から特に印象深いものを見ていこう。

FBIとは?組織の成り立ちと役割

 FBI(連邦捜査局)は、アメリカ司法省の下に設置された国家的な法執行機関である。1908年、当時の司法長官チャールズ・ボナパルトによって、わずか9人の特別捜査官をもって「司法省調査官局(BOI)」として設立されたのがその始まりだ。

 その後、1935年に現在の名称へと変更され、アメリカ国内における重大犯罪の捜査を担う中核機関へと成長していった。

 FBIの任務は多岐にわたる。殺人や誘拐といった凶悪犯罪、汚職、組織犯罪、テロリズム、さらにはサイバー犯罪や経済犯罪まで、さまざまな分野で捜査を行っている。

 国外との接点を持つ捜査も扱うが、国外での情報収集やスパイ活動を専門とするCIA(中央情報局)とは役割が異なる。

 CIAが諜報に特化した機関であるのに対し、FBIは司法権に基づいた「証拠集めと訴追に結びつく捜査」を任務としている。

 また、FBIには犯罪科学や文化財の保護に特化した専門チームも存在する。そのひとつが「アート・クライム・チーム(Art Crime Team)」だ。

 この部隊は美術品や文化財の盗難事件に対応し、国内外で押収した重要な遺物の保管・返還にも関与している。

 たとえば、インディアナ州のあるコレクターから押収した約7,000点の文化財を、それぞれの国や先住民コミュニティに返還するという大規模な活動を行った例もある。

 こうしたFBIの活動を裏付けるものとして、事件現場や捜査の中で収集されたさまざまな遺物が存在する。これらの品々は、単なる証拠品という枠を超え、時代の記憶や社会の変化を物語る資料となっている。

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FBIが公開している69の遺物

 FBIでは公式サイト[https://www.fbi.gov/history/artifacts]では、これまでの捜査で押収された証拠品や、実際に使用されていた捜査用の道具など、全部で69点の「遺物」が写真とともに公開されている。

 それぞれに背景となる事件や人物との関わりがある「歴史を語る遺物」だ。そのうちのいくつかを、その背後にある歴史やエピソードとともに見ていこう。

9/11 世界貿易センタービルの鉄骨

 2001年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロ事件では、世界貿易センタービルが崩壊し、現場には膨大な瓦礫と鉄骨が残された。この鉄骨の一部は、FBIが現地での捜査活動の一環として現場で回収したもので、事件の象徴として保管されている。

 テロ対策や国家安全保障の最前線に立つFBIにとって、9.11は深い衝撃と教訓をもたらした事件だった。重く歪んだこの金属の塊には、あの日の現実と、FBIがその後に背負うことになった責任の重みがにじんでいる。

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偽の訓練用スパイ人形(エドワード・リー・ハワード)

 元CIA職員でありながら、ソビエト(現ロシア)に寝返ったスパイがいた。

 1980年代、アメリカの情報機関に激震が走る。エドワード・リー・ハワードはCIAに採用された有望な諜報員だったが、ソビエトとの関係が疑われたことで解雇され、その後アメリカから逃亡。ついにはモスクワに亡命し、冷戦時代における数少ない“アメリカ人スパイの裏切り者”となった。

 彼はソ連側に極秘情報を渡し、結果として何人ものアメリカ側のスパイが摘発され、命を落とす事態にもつながったとされている。

 その逃亡劇は、FBIにとっても深刻な問題となり、彼の逃走ルートや潜伏先を再現するために使われたのが、この訓練用ダミー(人形)である。

 この人形は、ハワードがどのように監視の目をかいくぐり、国外に逃げたのかを検証するためのシミュレーションで使用された。

 まるでスパイ映画のワンシーンのようだが、これは現実に起こった事件の再現装置なのだ。

 現在もFBIに保管されているこの人形は、冷戦という時代の緊張感と、国家に背いた一人の男の痕跡を静かに物語っている。

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『風と共に去りぬ』の本に隠された拳銃

 小説『風と共に去りぬ』の初版本だが、そのページを開くと、中には精巧にくり抜かれた空洞と一丁の拳銃が隠されていた。

 この遺物は、実際にFBIが捜査の中で押収した隠し武器用の偽装本である。書籍の外観を利用して銃を隠すという手口は、密輸や暗殺、スパイ活動など、さまざまな犯罪に用いられてきた。

 タイトルが象徴するアメリカ文学の名作を選んでいる点にも、犯人側の計算高さがうかがえる。

 本の体裁をしたこの遺物は、文化と犯罪の境界をにじませながら、FBIが対峙してきた「見えない脅威」の一端を物語っている。

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カジノを吹き飛ばす寸前だった爆弾装置

 1980年、ネバダ州の高級リゾート地レイクタホにあるハーヴィーズ・リゾート・ホテル&カジノが狙われた。男がホテルに巨大な金属製の箱を運び込み、「これは爆弾だ。現金200万ドルを用意しろ」と要求した。

 その箱は実際に複雑に設計された爆弾であり、解除を誤れば街ごと吹き飛ばしかねない代物だった。

 FBIと爆発物処理チームは数日間かけて解体に挑んだが、最終的に爆発を避けることはできず、建物の一部は吹き飛ばされた。

 現在もFBIに保管されているこの爆弾の部品は、アメリカ犯罪史上最も巧妙かつ危険な即席爆弾の一つとされている。捜査技術の限界と犯人の執念がせめぎ合った、ギリギリの攻防を象徴する遺物だ。

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指紋採取用キット

 FBIといえば、指紋鑑定のパイオニアでもある。まだDNA鑑定が一般化する前、指紋は人物特定の最も確実な手段だった。FBIは1924年から全米の指紋記録を集約し、世界最大級の指紋データベースを構築してきた。

 このキットは、捜査官が現場で使用していた本物の指紋採取セット。パウダー、ブラシ、現像紙などが収められており、まさにアナログ時代のFBI捜査の象徴といえる。

 指先の痕跡ひとつから事件の全貌を読み解こうとしていた時代の、静かな戦いの道具だ。

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レーガン大統領狙撃事件で弾丸が貫いたリムジンの破片

 1981年、ロナルド・レーガン大統領がワシントンD.C.のホテルを出た直後、銃撃された。犯人はジョン・ヒンクリー・ジュニア。弾丸の一発がリムジンの装甲をかすめ、跳ね返って大統領に命中した。

 FBIが保管しているこの金属片は、まさに弾丸がかすったリムジンの一部。

 大統領の命運を分けた瞬間に存在していた物体であり、現場の緊迫感と歴史の重みが詰まっている。

 この事件をきっかけに、大統領警護のあり方が大きく見直されることになった。

小さな破片ながら、アメリカ政治史に大きな影響を与えた“証人”でもある。

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ブリンクス現金強奪事件の犯人がかぶっていた帽子

 1950年、マサチューセッツ州ボストンで発生したブリンクス現金輸送車襲撃事件は、当時のアメリカで最大級の強盗事件として知られている。その被害総額は270万ドル(現在の価値で約30億円以上)にものぼった。

 犯人の一人が逃走中に遺棄したとされるこの帽子は、決定的な物的証拠としてFBIに保管されている。

 当時の捜査は大規模かつ長期にわたるものとなり、最終的に犯人グループの摘発に成功。この帽子は、粘り強い捜査と地道な証拠集めの重要性を今に伝えている。

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ポーランドの伝統的な木製のチェスの駒で情報伝達

 これは一見するとポーランドの伝統的な木製チェスの駒に見えるが、内部には小さな空洞が仕込まれており、機密情報を隠すためのスパイ用隠し装置として使われていた。

 1981年、FBIはポーランドの情報機関の工作員マリアン・ザハルスキと、その協力者であるアメリカ人ウィリアム・ホールデン・ベルを逮捕。

 この木製の駒は、彼らがアメリカの防衛関連機密をソ連に流す手段として使用していたとされる。

 見た目は素朴なチェスの駒だが下を逆さにして一定時間静置し、軽く叩くと内部の隠しスペースが開くという精巧な仕組みが隠されていた。

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ジャック・ルビーに使用した嘘発見器

 1963年11月24日、アメリカ全土に衝撃が走った。ケネディ大統領暗殺の容疑で逮捕されていたリー・ハーヴェイ・オズワルドが、警察署内で記者に囲まれる中、ダラスのナイトクラブ経営者、ジャック・ルビーに射殺されたのである。

 事件は生中継中のテレビで放送され、目撃者は全米数百万人にのぼった。

 なぜルビーはオズワルドを殺したのか? 背後に組織や陰謀はあったのか? FBIはこの問いに答えるべく、ルビーに対して嘘発見器(ポリグラフ)による検査を実施した。

 この装置は、その際にFBIが実際に使用したポリグラフマシンである。

心拍数、血圧、呼吸数などを記録し、発言との整合性を確認するための道具だ。

 ルビーは終始「単独で動いた」と主張したが、真相はいまだ明らかになっていない。この機械は、アメリカ現代史に残る最大級の謎の一つに迫ろうとした現場にあった、静かな証人である。

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靴爆弾男のスニーカー

 2001年12月、アメリカ行きの国際線旅客機の中で、一人の男が靴の中に隠していた爆薬に火をつけようとした。男の名はリチャード・リード。後に「靴爆弾男(Shoe Bomber)」と呼ばれるテロリストだ。

 彼の履いていたスニーカーには、爆薬や導火線が巧妙に仕込まれており、もし点火に成功していれば大惨事になっていた可能性がある。乗客と乗務員が彼を取り押さえたことで未然に阻止された。

 このスニーカーは、FBIが押収・保管しているテロ関連遺物の中でも、最も象徴的な一品だ。以降、空港で靴を脱いで検査を受けるセキュリティ体制が導入されたのも、この事件が直接のきっかけとなっている。

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米海軍の暗号をソ連に売り渡した男の身分証明書

 アメリカ海軍の制服組のID、一般パスポート、そして防衛関連施設で使用されたセキュリティバッジ。いずれも、アメリカを裏切った男ジョン・アンソニー・ウォーカー・ジュニア本人のものだ。

 彼は米海軍で暗号通信士として勤務していたが、金銭目的でソビエト連邦(当時)に機密情報を流し続けた。

 活動期間はおよそ17年。

中でも特に深刻だったのは、潜水艦の動向や通信暗号に関する機密文書が長年にわたってKGBの手に渡っていたという事実である。

 FBIは1985年にウォーカーを逮捕。その際に押収したこれらのID類は、彼がいかにアメリカ国内で「正規の軍人」としてふるまいながらスパイ活動を続けていたかを象徴する物的証拠である。

 このIDには、裏切りの意図など微塵も見せない穏やかな表情の写真が並ぶ。スパイの存在がいかに国家にとって脅威であったかを、FBIはこの身分証明書を通して今も静かに訴えている。

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ベーブ・ルースのサイン入り野球ボール

 野球界の伝説、ベーブ・ルース。その彼が残したサイン入りのボールが、なぜFBIに保管されているのか?実はこれは、FBIの内部施設「ブルペン」(訓練用室内球場)に飾られていた記念品だ。

 FBI内部には、かつて野球を通じたチームワークと士気向上の文化があった。歴代の名選手がブルペンを訪れ、捜査官たちにサインを残していったのだ。

 ベーブ・ルースのボールはその一部であり、FBIの歴史にユーモアと人間味を加える貴重な遺物となっている。

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 これらはFBIが公開している69の遺物のほんの一例だ。興味のある人は直接公式サイト[https://www.fbi.gov/history/artifacts]でチェックして欲しい。

References: Fbi.gov[https://www.fbi.gov/history/artifacts]

本記事は、海外の記事を基に、日本の読者向けに独自の視点で情報を再整理・編集しています。

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