
私たちの宇宙は、「ビッグバン」と呼ばれる爆発的な膨張から始まったとされている。空間も時間も物質も、すべてがそのときに生まれたと考えられていた。
だがその始まりには、「特異点」と呼ばれる、すべてが一点に押し込められた状態があるとされており、そこでは現在の物理法則と矛盾が生じてしまう。
この問題に対し、イギリスのポーツマス大学の研究チームは新たな仮説を打ち出した。
宇宙は、極度に圧縮された物質が重力でブラックホールとなり、その内部で起きた“跳ね返り”により誕生したのだという。
ビッグバン理論の限界
この宇宙の始まりについてもっとも知られた説は「ビッグバン」理論だろう。ビッグバンとは、宇宙が約138億年前に極めて高温・高密度の状態から急激に膨張を始めることによって低温低密度になり、現在の広がりを持つ宇宙が誕生したという理論だ。
この理論はこれまでに観測されてきた宇宙の構造や進化を非常によく説明してくれるが、この宇宙に関する根本的な謎に答えられないのだ。
例えば、ビッグバン理論がこの宇宙の始まりとして想定するのは、無限大の密度を持つという「特異点」である。
そこは今日理解されている物理法則が完全に破綻してしまう特殊な領域だ。
それはつまり、宇宙の本当の始まりについて、私たちは何一つ確かなことを言えないということでもある。
さらに宇宙の大規模構造を説明するため、「インフレーション」と呼ばれる急激な膨張があったとも考えられているが、それを引き起こしたであろう奇妙な性質を持つ場はまだ観測されていない。
さらに現在観測されている宇宙の膨張の加速を説明するため、「ダークエネルギー」なる謎のエネルギーが存在すると仮定しなければならなくなった。
つまりビッグバンによって始まったとする現在の宇宙モデルは、この世界をうまく説明できているようで、まだ誰も見たことのない仮説上の要素がなければ成り立たない、砂上の楼閣のような理論なのだ。
特異点の内側では何が起きているのか?
こうした問題に対応するため、英国ポーツマス大学のエンリケ・ガスタニャガ氏らは、これまでとは違った視点から宇宙を見てみることにした。
外を見渡すのではなく、内側を覗き込むのだ。
ピンとくる人もいるだろう。カラパイアでもよく取り上げるブラックホールは、まさにそれが起きている天体だ。
ブラックホールの謎めいた性質についてはよく研究されている。
だが、それは外側の話で、その内側、すなわち「事象の地平面」と呼ばれる境界の向こう側がどうなっているのか、ほとんど何もわかっていない。
太陽の20倍以上の恒星は、寿命が尽きると超新星爆発を起こし、やがて自らの重力で崩壊する。
その結果として出現する、密度が無限大になるとされる領域もまた「特異点」と呼ばれる。
だが、ここで注意せねばならないのは、この特異点の理論が古典物理学に基づいていることだ。すなわち、超密度の領域では不可欠なはずの量子力学的な影響が考慮されていない。
新たな仮説「ビッグバウンス理論」
それを踏まえたガスタニャガ氏らの計算は、重力の崩壊が必ずしも特異点で終わる必要はないことを示している。
この宇宙が特異点に近づくと、そのサイズが宇宙時間の双曲線関数として変化するのだという。
それが意味するのは、物質が崩壊して超高密度になると、跳ね返って(バウンスして)再び膨張し始めるだろうということだ。
この新理論をここでは「ビッグバウンス理論」と呼ぶことにしよう。
これまでの理論では、「パウリの排他原理[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%82%A6%E3%83%AA%E3%81%AE%E6%8E%92%E4%BB%96%E5%8E%9F%E7%90%86]」(フェルミ粒子が同時にまったく同じ量子状態になることはないとする)のために、このような現象はあり得ないとされてきた。
ところがビッグバウンス理論では、パウリの排他原理が、崩壊する物質の粒子が無限に圧縮されることを防いでくれる。その結果、崩壊はやがて止まり、跳ね返り始めるのだ。
謎のエネルギーは必要なく、検証することも可能
この理論の優れたところは、この跳ね返りを一般相対性理論と量子力学だけで説明できる点だ。
未知の物理法則やら、謎めいたエネルギーやら、追加の高次元やら、よくわからないものを盛り込む必要はない。
それでいてバウンス後に出現する世界は、まさに私たちが暮らす宇宙のような世界だ。
ビッグバウンス理論にしたがえば、初期宇宙のインフレーションも、ダークエネルギーによるものとされる現在の加速的な膨張も自然に生じることになる。
もう1つの強みは、それによって予測されることの中に、実際に検証できるものがある点だ。
たとえば、ビッグバウンス理論からは、空間が完全に平坦ではなく、わずかに正の曲率があるだろうと予測される。つまり宇宙は地球の表面のように曲がっていると考えられるのだ。
そしてこのことは欧州宇宙機関(ESA)が中心となって運用するユークリッド宇宙望遠鏡によって実際に観測される可能性がある。
その場合、宇宙がビッグバウンスによって生まれたという強力な証拠となるだろう。
私たちの宇宙はブラックホールの中にある?
ビッグバウンス理論は、これまでの宇宙モデルの欠点を解消するだけでなく、超大質量ブラックホールの起源、ダークマターの性質、銀河の階層的形成と進化など、初期宇宙にまつわるいくつもの謎を解明してくれるかもしれない。
だがそれが告げているもっとも驚くべきことは、私たちが暮らすこの宇宙全体が、より大きな「親宇宙」に形成されたブラックホールの中にあるかもしれないということだ。
ガスタニャガ氏はこのことを天文学の父ガリレオの発見になぞらえる。
彼は地球が宇宙の中心とされた時代において、それを否定し異端視された。それと同様、ガスタニャガ氏らの理論は、この宇宙が特別なものではないことを伝えているのかもしれないのだ。
ガリレオによって天動説から地動説へと世界観が変わったように、今もまたビッグバンから新たな世界観へと変わろうとしているのかもしれない。
この研究は『Physical Review D[https://journals.aps.org/prd/abstract/10.1103/PhysRevD.111.103537]』(2025年5月29日付)に掲載された。
References: Gravitational bounce from the quantum exclusion principle[https://journals.aps.org/prd/abstract/10.1103/PhysRevD.111.103537] / What if the Big Bang wasn’t the beginning? Our research suggests it may have taken place inside a black hole[https://theconversation.com/what-if-the-big-bang-wasnt-the-beginning-our-research-suggests-it-may-have-taken-place-inside-a-black-hole-258010]
本記事は、海外の記事を基に、日本の読者向けに独自の視点で情報を再整理・編集しています。