
私たちが現実だと信じているこの世界は、未来人類や高度な知的生命によって作られた仮想空間かもしれない。これは「シミュレーション仮説」として、一部の哲学者や科学者たちの間で真剣に議論されてきた。
そして最近、イタリア・ボローニャ大学の天体物理学者フランコ・ヴァッツァ准教授が、この仮説の実現可能性を物理学の観点から検証した。
その結果、現在の物理法則に照らせば、このような世界を成り立たせるには現実的とは言えないほどのエネルギーと計算能力が必要であり、仮説そのものが成り立たないという結論に至ったという。
この研究は『Frontiers in Physics[https://www.frontiersin.org/journals/physics/articles/10.3389/fphy.2025.1561873/full]』(2025年4月17日付)に掲載された。
この世界はシミュレーションによる仮想現実なのか?
今私たちが暮らしている現実は未来の人類、あるいは高度な知的生命が超高性能なコンピューターを使って構築したシミュレーションである、と言ったら信じるだろうか?
もちろんほとんどの人は、「それはSFの話でしょ」と一蹴することだろう。
確かにバカげた話かもしれない。だが一部の学者たちは、この仮説を考察し、この世がシミュレーションである可能性は高いと結論づけている。
たとえばスウェーデンの哲学者ニック・ボストロム[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%9C%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AD%E3%83%A0]は、仮にそのようなリアルな仮想現実シミュレーションが可能ならば、私たちが暮らすこの世界がシミュレーションである可能性はかなり高いと考えている。
現実そのままのシミュレーション世界を構築することが可能ならば、そのシミュレーション世界においても新たなシミュレーションを構築することが可能だろう。
するとシミュレーション世界のシミュレーション世界においてもまた新たなシミュレーション、といった具合に、仮想現実は際限なく増えていく。
このようにシミュレーション世界が無限に存在するのなら、私たちの世界もまたシミュレーションであると考えたほうが、確率的に高いということになる。
シミュレーションを成立させるにはエネルギーが足りなすぎる
だが、この考えはどれほど現実的なのか?
今回ボローニャ大学の天体物理学者フランコ・ヴァッツァ氏は、また違う視点からシミュレーション仮説を検証し、物理的にほぼあり得ないと結論づけている。
彼が目をつけたのは、シミュレーションを行うにはエネルギーと時間が必要になるという揺るぎない事実だ。
この事実に基づき、今私たちが経験している現実レベルのシミュレーションを宇宙のスケールで実行したらどうなるのだろうか?
残念ながらそれは諦めた方がいい。
ヴァッツァ氏の計算によると、そのためには想像を絶するようなエネルギーが必要になるからだ。
ならば、シミュレーションの規模を地球全体にまで狭めてみてはどうか?
それでもなお、必要となるエネルギーは現実離れしていると、ヴァッツァ氏は論文で説明している。
地球のような惑星をたった1つ完全にシミュレートするのでさえ、典型的な球状星団に存在する恒星の質量全体をエネルギーに変換するか、天の川銀河にあるすべての星と物質を重力的に解体するのにも匹敵するエネルギーが必要である(ヴァッツァ氏)
しかも、それと同等のエネルギーが、各ステップごとに消費されるのだ。
仮に約100万ステップを行ったとすると、消費されるエネルギーは、天の川銀河が持つ静止質量エネルギー丸ごと、あるいは宇宙最大の銀河団の全ポテンシャルエネルギーに匹敵する。
このようなシミュレーションが非現実的であることは明らかだ。
「低解像度」でもシミュレーションは困難
では、せめてもう少しシミュレーションの質を落としてみてはどうだろう?
物理学ではこの世の最小単位のことをプランクスケールと呼んでいるが、そこまで再現せず、今私たちが知覚しているレベルで満足してみるのだ。
この人間が知覚しているレベルが曲者だが、ヴァッツァ氏は、日常的に検出されているニュートリノ[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%8E]という素粒子に注目し、これに基づいて行うべきシミュレーションの解像度を計算してみた。
この場合、シミュレーションを開始するための初期エネルギーは、太陽が2分間に放出するエネルギーにまで低下する。多少は現実的かもしれない。
だがこのシミュレーションを行う超高度文明が、そこから意味のある洞察を得るつもりなら、話は別だ。
たとえば、シミュレーションの期間を地質学的時間スケールに設定するとしよう。
その場合、必要なエネルギーは観測可能なすべての星の総エネルギーに達してしまう。
となると、多少質を落としたとしても、やはり実現不可能だと考えざるを得ない。
この世が現実でも素晴らしい
そんなわけでヴァッツァ氏が下した判決は、シミュレーション仮説は非現実的すぎるというもの。
もしもシミュレーションを行う超高度文明が、私たちの宇宙とはまた違う物理法則に支配された宇宙に存在するのなら、もっと手軽なシミュレーションも可能なのかもしれない。
だが、そのようが宇宙に、私たちと似たような存在がいるかどうかまったくの未知数だ。
中には世界がシミュレーションである可能性にワクワクしており、この結果にがっかりという人もいるかもしれない。だがヴァッツァ氏は、こう述べている。
幸運なことに、最も可能性の高いケース(すなわち、この宇宙がシミュレーションではない)においても、物理学が探求すべき謎はあまりに膨大だ。この魅力的な可能性がなくなったところで、科学が退屈になることは絶対にない(ヴァッツァ氏)
References: Astrophysical constraints on the simulation hypothesis for this Universe: why it is (nearly) impossible that we live in a simulation[https://www.frontiersin.org/journals/physics/articles/10.3389/fphy.2025.1561873/full] / New Study Rules Out Popular Version Of The Simulation Hypothesis[https://www.iflscience.com/new-study-rules-out-popular-version-of-the-simulation-hypothesis-79476]
本記事は、海外で報じられた情報を基に、日本の読者に理解しやすい形で編集・解説しています。