約1500年前に描かれた一枚の地図が、現代の考古学者たちを失われた都市の発見へと導いた。
中東・西アジアに位置するヨルダンで見つかったのは、東ローマ帝国（ビザンチン帝国）の時代に栄えた都市「タライス」だ。
この都市は長いあいだ地図に描かれただけの幻の存在とされてきた。
信仰の拠点として機能しながら、農業や製造業も営まれていたこの都市には、宗教と経済が共存していた痕跡が残されていた。
ヨルダンに残る1500年前の地図
ヨルダン中部の町マダバにある教会の床には、色とりどりのモザイクで描かれた「マダバ地図」が残されている。
これは6世紀、東ローマ帝国（ビザンチン帝国）の皇帝ユスティニアヌス1世の治世に制作されたとされ、中東に現存する最古の地図だ。
この地図には、エルサレムを中心とした聖地157ヶ所の地名が記されており、その中には現在も正確な場所が不明な都市がいくつかある。
今回発見された「タライス（Tharais）」もその一つだった。
現地調査で浮かび上がった失われた都市の姿
2021年、ヨルダンのムター大学で考古学と古代中東史を専門とするムサラム・R・アル＝ラワーネ准教授を中心としたチームが、タライスの発掘に乗り出した。
研究者たちは、マダバ地図と現代の地形図を照らし合わせ、死海の南東端に位置する現代の街「エル・イラーク」周辺を重点的に調査した。
そこで見つかったのは、モザイク床やガラス製品、農具などの遺物に加え、ビザンチン様式の教会建築（バシリカ）や、ギリシャ語とラテン語で書かれた墓碑銘などの宗教的痕跡だった。
建物の構造や遺構の配置は、マダバ地図に描かれたタライスと一致しており、学術的にも高い信頼性を持つ発見とされている。
信仰と経済が共存する都市だった
宗教施設に加え、オリーブオイルの圧搾機（あっさくき）、ブドウの圧搾場、風車なども見つかっており、タライスが農業と製造業を軸にした経済活動を営んでいたことが明らかになった。
この都市は、信仰の中心地であると同時に、巡礼者が立ち寄る商業的な中継地でもあったと考えられている。
「宗教的な役割を果たすと同時に、自立した経済機能を持つ都市でもあった」とアル＝ラワーネ准教授は語っている。
ただし、発掘された地域は近年、急速な都市開発の波にさらされている。
研究チームは今後も発掘調査を進めながら、現地の遺産保護活動にも力を入れていく方針だ。
「私たちの目的は、失われた都市を見つけることだけではありません。ヨルダンに受け継がれてきた文化遺産を、次の世代へと守り伝えることも大切な使命です」と、アル＝ラワーネ氏は強調している。
東ローマ帝国（ビザンチン帝国）とは？
東ローマ帝国、別名ビザンチン帝国は、ローマ帝国が東西に分裂した結果として誕生した、もう一つのローマだ。
西暦330年、皇帝コンスタンティヌス1世が古代都市ビザンティウムを「コンスタンティノープル（現在のトルコ・イスタンブール）」と改名し、新たな首都としたことが始まりとされる。
476年に西ローマ帝国が滅亡した後も、東側は独立国家として存続し、キリスト教文化と古代ローマの伝統を融合させた独自の文明を築いた。
最盛期にはユスティニアヌス1世による法の整備（ローマ法大全）やアヤソフィア大聖堂の建築などが行われたが、度重なる戦争や宗教対立を経て衰退し、1453年、オスマン帝国による首都コンスタンティノープル陥落をもって滅亡した。
この研究成果は『Gephyra［https://www.researchgate.net/publication/391655632_Identification_Tharais_Rediscovering_a_Byzantine_Archaeological_Site_on_the_Madaba_Mosaic_Map］』（2025年5月14日付）に発表された
References: Dergipark.org.tr［https://dergipark.org.tr/tr/download/article-file/4243913］ / Lost Byzantine city resurfaces in S. Jordan: Ancient settlement of Tharais identified［https://www.turkiyetoday.com/culture/a-lost-byzantine-city-resurfaces-in-southern-jordan-ancient-settlement-of-tharais-ide-3201738］ / Researchers Used a 1,500-Year-Old Map to Find a Lost City［https://www.popularmechanics.com/science/archaeology/a64978262/tharais-byzantine-lost-city/］
本記事は、海外の記事を基に、日本の読者向けに独自の視点で情報を再整理・編集しています。
