
海辺を歩いていると、ときどき不思議なものが打ち上げられているのに出会うことがある。
シーグラスや貝がらの中に、ちょっと変わった黒いバッグを見つけたら、それはもしかすると「人魚の財布」かもしれない。
人魚の財布とは、サメやエイの仲間が産む、黒っぽいカプセル状の卵殻である。
アメリカで人魚の財布を拾い上げた女性が、中にまだ生きている赤ちゃんが入っているのを見つけた。
そして偶然にも、赤ちゃんが彼女の手の中で誕生するシーンに立ち会うことになったのだ。さて何の赤ちゃんだったのだろう?
波打ち際で見つけた黒い「人魚の財布」
2024年の夏、野生動物写真家のブリアナ・ヴァーナーさんは、恋人と一緒にフロリダ州タンパの南西にある、パス・ア・グリル・ビーチを訪れていた。
数日前、このあたり一帯は荒天に見舞われたため、ビーチでキレイな貝殻でも見つかるのではないかと思ったのだ。
海岸の砂の上には、木の枝や海藻などがたくさん打ち上げられていた。ブリアナさんがふと足元を見ると、不思議な形をした黒っぽいものが目に入った。
最初は何かの葉っぱかと思ったというブリアナさんだが、手に取ってみるとちょっと分厚くて、中に何かが入っているようだ。
私はただそれをじっと見ていたんですけど、そのうちに「なんだか変な形をしているな」って思ったんです
観察するうちに、ブリアナさんはその物体が、「人魚の財布」と呼ばれているものだと気づいた。
人魚の財布とは、トラザメやネコザメ、ガンギエイの仲間の卵を包んでいる袋状の卵殻のことである。
中で卵が孵化すると端が開き、幼体が外に泳いで出ていく仕組みである。
その形状が「人魚が持ち歩くバッグか財布のようだ」ということで、このように呼ばれるようになったらしい。
中にはまだ生きている赤ちゃんが
海岸に打ち上げられているものは、ほとんどの場合は既に孵化が終わって空っぽになり、乾燥して黒く硬くなっているらしい。
ブリアナさんも最初は既に空っぽになっているだろうと思ったが、手に持ってみるとふっくらとしていて、両端はまだ閉じられていた。
そこでスマホのライトにかざしてみると、何ということでしょう! そこには中で生きて泳いでいるベビーの姿が!
びっくりしたブリアナさんは、このままで乾燥してしまうと思い、潮だまりにある岩の下に慎重にこの卵を返してあげた。
その後も浜辺を探索していたブリアナさんたちは、さらに6~7個もの人魚の財布を見つけることに。
手の中で誕生したエイの赤ちゃん
一つひとつ見つけるたびに、潮だまりへと戻して行った2人だが、最後に拾った卵は他の物とは何かが違っていた。
他のは何て言うか、革みたいな感触で、弾力があるように感じたんですが、これは本当に硬くて色も濃かったんです。光にかざしてみても、光がまったく通らなくて…。
持ち上げた瞬間、手の中で何かが動き始めたのを感じました。そして突然気づいたんです。小さな顔が私を見上げていることに
次の瞬間、ブリアナさんが手に持っていた人魚の財布の端っこから、小さなエイが飛び出して来た!
一瞬、何が起こっているのか理解できませんでした。自分はいったい、何を見ているんだろう?って思ったんです。
(赤ちゃんは)すぐに砂に落ちました。まるで本能がそうしろと言っているかのように。本当にクールな瞬間で、私は「神様、きっと大丈夫ね!」と思いました
波打ち際は波が荒かったため、ブリアナさんは少し深いところまで連れて行って、赤ちゃんを放してあげたそうだ。
赤ちゃんの正体はガンギエイの仲間
イギリスを本拠地に、サメ・エイ・ガンギエイの保全に取り組んでいるシャーク・トラスト(Shark Trust)では、世界規模でこの「人魚の財布」の目撃情報を集めている。
下は北米で見つかる人魚の財布の図解だが、フロリダ周辺では中段中央のクリアノーズ・スケート(Rostroraja eglanteria)が見られるらしい。
クリアノーズ・スケートはガンギエイの仲間で、北米大陸の大西洋岸およびメキシコ湾岸の浅瀬に生息している。
成長すると全長80cm程度まで大きくなるが、この赤ちゃんはまだ20cmほどのサイズ感だろうか。
ガンギエイの仲間の卵殻は、四角っぽい形状で4隅にひも状の突起があり、マスクのような形をしているのが特徴だ。
それにたいしてトラザメの卵殻は丸みを帯びた形で細長く、突起は絡まったツルのような形状をしているのがわかると思う。
下の動画は、アイルランドの水族館で展示されていた、ハナカケトラザメの卵たちだ。
日本で見かけたら報告しよう!
ちなみに日本では地方にもよるが、「鮫の守」とか「乙女の掛守り」とか呼ばれることがあるみたいだ。
これから夏本番を迎えると、海に行く機会も増えると思う。もし砂浜なんかで人魚の財布らしきものを見つけたら、どんなエイやサメのものなのか、調べてみても楽しいかも。
もし既に孵化した後で硬くなってしまっていても、数時間~1日ほど水につければ戻るそうだ。
また、上で紹介したシャーク・トラストでは、人魚の財布の形状を図解で紹介[https://strandliners.org/wp-content/uploads/2024/04/greateggcasehunt-idkey2022.pdf]するとともに、世界中からどこでどんな人魚の財布が見つかったかという報告を、Webサイト[https://recording.sharktrust.org/eggcases/record]やアプリ[https://www.sharktrust.org/geh-id]で受け付けている。
日本は「その他」エリアになってしまうが、もし機会があったら報告してあげると喜ばれるんじゃないかな。