
もし亡くなった人の脳から記憶を取り出して、コンピューターに保存できるとしたら?そんなSFのような話が、科学の世界で現実味を帯びつつある。
オーストラリア、モナシュ大学の神経科学者アリエル・ゼレズニコウ=ジョンストン氏らは、312人の神経科学者に「保存された人間の脳から記憶を抽出できるか?」という大胆な問いを投げかけた。
神経科学者たちは、保存された脳から記憶を抽出できる確率を中央値で約40%と見積もった。一方で、その詳細や技術的な実現性については意見が分かれた。
電脳化(脳のデジタル化)が訪れる未来はくるのだろうか。
この研究は『PLOS One[https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0326920]』(2025年6月24日付)に掲載された。
記憶は脳内のどこに保存されるのか 神経科学者312人の見解
オーストラリア、モナシュ大学の神経科学者アリエル・ゼレズニコウ=ジョンストン氏らによる今回の調査は、記憶を専門とする神経科学者312人を対象に、人間の脳を保存し、そこから記憶を抽出することが可能かどうか意見を聞いたものである。
その結果、神経科学者の大半が「記憶は脳の中に物理的な形で残るもの」と考えていることが分かった。
回答者の約70%が、記憶は分子レベルでの安定した神経結合や、タンパク質などの細胞成分間の相互作用として記録されていると答えた。
記憶は、私たちが生きているときだけ生まれる一時的なものではなく、死んだ後も脳の中に物質として残る可能性があるという意見が多かった。
ただし、「どこまで細かい部分を残せば記憶を取り出せるのか」については、答えが分かれた。
分子のようにとても小さい部分まで残さないといけないという意見もあれば、ナノメートル(1ミリの100万分の1の大きさ)の細胞の形や、タンパク質の構造が残っていればよいとする意見もあった。
既存の脳保存技術で記憶は取り出せるのか?
今回の調査では、脳を適切に保存する手段についても質問が行われた。
現在の技術では、脳のタンパク質や細胞を損なわずに保存するのは難しい。冷凍そのものが神経組織を傷つけてしまうからである。
神経科学者が注目する保存技術が、アルデヒド安定化凍結保存(aldehyde-stabilized cryopreservation)である。
※アルデヒド安定化凍結保存:化学薬品(アルデヒド)で脳の構造を固定し、急速冷却でガラス状に固める方法。タンパク質や細胞構造を比較的損傷なく保存できるとされる。
この技術で保存された脳から記憶を取り出せる確率について、神経科学者たちの回答の中央値は40%であったが、回答の幅は大きかった。
中央値とは、答えを小さい順に並べたとき、ちょうど真ん中にくる値のことだ。平均値と違い、大きい答えや小さい答えがあってもその影響を受けにくい。
つまり、答えの中心は40%だったが、実際の回答は0%に近いものから100%に近いものまであり、それぞれの見解にかなりのばらつきがあることがうかがえる。
電脳化。脳のアップロードは2125年に実現するのか?
調査では、人間の脳全体をデジタル化し、機械にアップロードできる時代が来るかという問いも投げかけられた。
この場合の実現確率の中央値も40%だったが、「脳から記憶を取り出せる確率」と同様に、回答には大きな幅があった。
また、いつ実現するかに関しての解答の中央値は2125年だった。
100年以上先の未来だが、多くの神経科学者が全く不可能とは考えていないことが調査で示されたということになる。
神経科学者のゼレズニコウ=ジョンストン氏は、次のように述べている。
絶対できるという確信ではないが、ほとんど不可能とも考えられていない。
多くの神経科学者が実現の可能性があると見ており、脳インプラントやエミュレーション(脳の仕組みや働きをコンピューターの中でそっくりそのまま再現すること)の技術が進めば、この割合はさらに高くなると私は予想している(ジョンストン氏)
References: Journals.plos.org[https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0326920] / Can A Brain Be Preserved And Uploaded? Neuroscientist Survey Reveals "Surprising" 40 Percent Probability That Yes, It Could[https://www.iflscience.com/can-a-brain-be-preserved-and-uploaded-neuroscientist-survey-reveals-surprising-40-percent-probability-that-yes-it-could-79775]
本記事は、海外で公開された情報の中から重要なポイントを抽出し、日本の読者向けに編集したものです。