
トリックアートの一種に、水平方向と垂直方向を入れ替える、というものがある。例えば、床に実物大の塔の絵が描いてあって、そこに這った状態で写真を撮ると、誰でもお姫さま(あるいは王子さま?)を助けに来たヒーローになれる、という仕組みだ。
というわけで、この写真も石畳の上にヤギを寝かせて撮ったんだ…なんてことはない。これは正真正銘、ほぼ垂直のダムの壁面なのだ。そしてそんな場所に平然とたたずんでいるのは、アルプス・アイベックスである。
その名の通り、普段はヨーロッパアルプスの斜面に暮らしているアイベックスだが、時にはこうしてダムに現れることも。それは単なる物見遊山ではなく、生存をかけた理由があるのだそうだ。
この動画は、スイスとの国境付近、北イタリア・ヴァッレ・アントローナ自然公園のチンジーノ・ダムに集まるアルプス・アイベックスを撮影したものだ。
[動画を見る]
Alpine Ibex on Dam - hybridwildlife.com
【アルプスの高地に暮らすアイベックス】
アルプス・アイベックスの主な生活領域は、ヨーロッパアルプスの切り立った、岩だらけの険しい崖だ。標高2,000m~3,000mにある樹木限界線のさらに上である。
だが、アイベックスもずっとそこに留まっているわけではない。動物である以上、エサを食べずには生きていかれないからだ。
春から夏にかけては、アイベックスは樹木限界線より下に降り、緑豊かな緑草高地や針葉樹林帯でエサを食べる。雪が降り出す前に、冬を越すのに十分な栄養を蓄えておくのだ。
そして、冬の間は樹木限界線を越えて、捕食者の近づけない天然の要塞で暮らすのである。
しかし、これだけではアイベックスがダムに現れる理由の説明にはならない。
[画像を見る]
【草食で不足する栄養素は?】
カロリーが十分摂れたとしても、ほとんどの草食動物と同様、アイベックスの食生活にも不足している栄養素があるのだ。
塩分をはじめとした基本的なミネラル類である。これを補うために、草食動物は塩が滲み出している土や岩塩をなめる。塩場と呼ばれるものだ。
この習性を利用して、例えば猟師がシカを獲る際に、塩を撒いて人工の塩場をつくり、そこに集まるシカを狙う、という方法が用いられることもある。
春先には、アイベックスの身体は特に塩分を必要とする。アイベックスが岩塩を舐めている姿も観察されるが、天然の塩場は常に手ごろな場所にあるとは限らない。
【ダムが塩場として機能する】
そこでダムなのだ。アイベックスにとって、ダムは「常にそこにあり、豊富なミネラルを提供してくれる」便利な塩場なのである。
[画像を見る]
他にも、ロンバルディのバルベリーノ・ダムやピエモンテのロッサ湖ダムでもアイベックスが見られるとのことである。
[画像を見る]
ダムの材料であるコンクリートは、硬化する過程でエトリンガイトという鉱物を生成する。エトリンガイトはカルシウムとアルミニウムの化合物で、コンクリートに20%程度含まれるそうだ。
他の草食動物には不可能だが、アイベックスならば、ダムの壁面を登ってこれを舐めることができるのだ。アイベックスの蹄は二つに割れていて柔らかく、どんな小さな足掛かりをも、しっかりと握ることができるのである。
[画像を見る]
アイベックスの運動能力であれば、ダムの壁面を転げ落ちる心配はいらないだろう。彼らは生粋のロッククライマーなのだから。
でも放水の際の警報には十分に注意してくれることを願う。
References: Amuzing Planet など / written by K.Y.K. / edited by parumo
記事全文はこちら:崖登りヤギとはオイラのことさ!「アルプス・アイベックス」がほぼ垂直のダムの壁面を登る理由 http://karapaia.com/archives/52274144.html
編集部おすすめ