
アメリカ連邦通信委員会に提出された文書によって、米軍が中西部の6州で高高度監視バルーンの実験を行なっていることが明らかになった。
実験では、サウスダコタ州から発進した最大25機のソーラーパワー駆動式の無人バルーンが、高度20キロの成層圏まで上昇。ミネソタ州、アイオワ州、ウィスコンシン州、ミズーリ州を経由し、イリノイ州までの約400キロを飛行する。
航空防衛企業シエラ・ネバダ社が提出した文書によれば、その目的は「飲酒運転や本土の安全保障への脅威を特定・抑止する永続的監視システムを提供」することだ。
【事故を過去にさかのぼって追跡できる】
今回の試験飛行は、連邦通信委員会からすでに許可を得ており、7月中旬から9月にかけて実施される。また昨年も、同様の試験飛行の許可が下りていた。
ニューヨーク、バード大学でドローンを研究するアーサー・ホーランド・マイケル氏は、「この新しい技術が意図するのは、あらゆることを同時に監視すること」だと話す。
監視対象エリアで何らかの事故が発生した場合、事故発生の瞬間まで状況を巻き戻せるだけではなく、そこに関与した者たちが誰で、どこからやってきたのかといったことまで追跡できるのだそうだ。
【米国内に持ち込まれる麻薬の動きを監視】
実験の依頼主はアメリカ南方軍だ。米軍の地域別統合軍のひとつである同軍は、カリブ海地域、中米、南米における災害対応、諜報、安全保障を担当しているが、特に重要な任務として米国内に持ち込まれる薬物の取り締まりがある。
シエラ・ネバダ社は、長年にわたり南方軍に高度なセンサーを搭載した軽飛行機を納品してきた。しかし、そうした航空機はコストのかさむ操縦士が必要で、しかも一度に数時間しか飛行することができない。
今年2月に議会へ提出された報告書の中で、南方軍の司令官クレイグ・ファーラー大将は、「効率の改善に務めているが、判明した薬物移動のわずか6パーセントしか阻止に成功していない」と述べている。
新型バルーンならば、高度によってさまざまな方向へ吹いている風に乗ることができる。ただ上昇と下降を繰り返すだけで、対象のエリアを巡回しながら複数の車や船を長時間かつ安価に監視することができるのだ。
Remember the $2.7b giant surveillance blimps? Something went wrong, and it's on the loose. https://t.co/Oa7gqI14Hm pic.twitter.com/Db6T8VWURq
— Edward Snowden (@Snowden) October 28, 2015
【40キロ範囲内のあらゆる車両・船舶を監視】
今回のバルーン自体を納品しているのはレイブン・エアロスター社だ。同社はアルファベット社(Google)の子会社であるルーン社にインターネット・携帯電話サービス向けのバルーンを提供している実績のある企業で、その同社によれば、バルーンは1ヶ月近く連続飛行に成功しているという。
連邦通信委員会の文書によると、バルーンには高度なセンサーと通信機器が搭載されているという。そうしたセンサーのひとつが合成開口レーダーで、40キロの範囲にあるあらゆる車両や船舶の類を検出するよう設計されている。
またメッシュネットワーク技術によって、バルーン同士で連携し、データを共有したり、地上の受信者との通信を行ったりすることができる。
【ゴルゴンの睨み】
文書には、このネットワークは動画情報も含むと記載されている。ということは、バルーンにはシエラ・ネバダ社の監視システム「ゴルゴン・ステア」を搭載しているとも推測できる。ちなみにゴルゴン・ステアとは、ギリシャ神話に登場する見るものを石にしてしまうという怪物、ゴルゴンの睨みという意味だ。
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マイケル氏によると、ゴルゴン・ステアは通常ドローンに搭載されるが、アフガニスタンではスパイ飛行船に使用されたほか、米税関・国境警備隊によって低高度バルーンに搭載されメキシコ国境で実験されてきた経緯があるという。
しかし成層圏という高高度からの監視は比較的新しい試みだそうだ。高高度から監視を行うメリットは広い範囲をカバーできることだが、その一方、地域やシステムによっては、解像度が低下するというデメリットもある。またバルーンを使えば、ドローンに比べれば制御性の点で劣る。
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PENTAGON TESTING MASS SURVEILLANCE BALLOONS ACROSS THE U.S.
【ビッグブラザーが見ている】
おそらく南方軍の実験は氷山の一角だろう。
レイブン・エアロスター社のスコット・ウィッカーシャム副社長は、ガーディアン紙に対して、シエラ・ネバダ社やDARPAと提携して、「成層圏を利用する高度かつ高難易度の開発を行っている」と発言。
これはDARPAが全米で展開することを目論む成層圏バルーン開発プログラムである「ALTA(Adaptable Lighter-Than-Air)」に言及したものだ。
またシエラ・ネバダ社のライバルであるワールド・ビュー社も最近、成層圏を浮遊可能なバルーンの実験を発表している。それは8キロの範囲を6時間半で浮遊することができ、一度発進すれば数週間から数ヶ月かけて広い範囲を監視することができる。
こうした監視システムによって収集されたデータがどのように取り扱われるのか、現時点では明らかではない。それが保管され何かに利用されるのか、それとも削除されるのかはっきりしないのだ。
こうしたシステムは犯罪抑止につながる可能性がある一方で、一般市民の行動がすべて政府に筒抜けになってしまう危険な監視社会が到来するのではないかという懸念もある。
ビッグブラザーが見ている社会。そこは犯罪のないユートピアだろうか? すべてががんじがらめになったディストピアだろうか?
References:theguardian / latimes/ written by hiroching / edited by parumo
記事全文はこちら:あらゆることを同時に監視。米軍が監視バルーンの試験飛行を実施(アメリカ) http://karapaia.com/archives/52277885.html