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誰かが傷つけられたり、痛みを感じたりしている姿を見れば、多くの人は気の毒に思い、心を痛めるだろう。
こうした心の動きを「危害嫌悪(harm aversion)」といい、人間の持つ他者への共感能力の1つである。
だがどうやら、この能力は人間にだけ備わっているものではなさそうだ。あの小さなネズミも、危害嫌悪があり、仲間が傷つくことを嫌がるのだという。
【他人の苦しむ姿を見たくない「危害嫌悪」はネズミにもある】
『Current Biology』(3月23日付)に掲載された研究によれば、ネズミ(ラット)は仲間が傷つくことを嫌がるのだそうだ。
どのような脳の作用が「危害嫌悪(harm aversion)」をもたらすのか詳しいことはわかっていないが、これまでの研究からは、誰かを傷ついたとき、どうやら私たちの脳は痛みを共有するらしいことが示唆されている。そして、この危害嫌悪はネズミにもあるようなのだ。
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【苦しむ仲間を救うためにおやつを我慢するネズミ】
オランダ神経科学研究所の研究グループは、次のような実験を行った。
まず2本のレバーが設えられた箱の中にネズミを入れて、24回ほどレバーを操作させる。このレバーの片方は、動かすと甘いエサが出てくるような仕掛けになっている。
次に、こうしてレバー操作の結果を学習させたネズミをまた同じような箱に入れる。だが、こちらの箱では、エサをもらえるレバーを操作すると、隣にいるネズミに電気ショックが加えられる。
つまりエサを手に入れたネズミは、それと同時に仲間が苦しむ姿を見ることになるのだ。
それを見たネズミはどうなったのか?
そう、自分のレバー操作で仲間が苦しんでいることに気がつくと、エサをぐっと我慢して、それ以上操作をしなくなったのである。
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【仲間のネズミじゃなくても苦しんでいるものを放っておけない】
こうした行動に、犠牲になるネズミが親しい仲間かそうでないかは関係がなかったという。
過去には、罠にかかった見知らぬネズミを助けるという観察結果や、見知らぬネズミがショックを受ける姿を見て動きが止まるといった観察結果が報告されているが、今回のものもそうした結果と一致していると言えるだろう。
なお、興味深いことに、ネズミの個人的な体験が関係しているらしいことも分かったそうだ。自分もまたショックを味わったことがあるネズミほど、レバー操作を止める傾向にあったのだ。
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【ネズミにも人間と同じ神経生物学的メカニズムが】
2つ目の実験では、こうした共感しているらしき行動の背後にある脳の神経領域が調べられた。
人間の場合、こうした行動は「前帯状皮質」が制御しているとされる。そこで、ネズミの脳の前帯状皮質に相当する部分を麻酔で眠らせたうえで、先ほどと同じような実験を行なってみた。
するとその部分を眠らされたネズミは、苦しむネズミを目にしても、例の利他的行動をあまり示さなくなったのだ。
どうやら、ネズミには少なくともある程度は人間と同じ神経生物学的メカニズムがあるらしい。
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【哺乳類の本能に刻まれたものなのか?】
研究者によると、こうしたことが示唆しているのは、仲間が危険な目に遭わないようにしようという心の動きは、非常に早い段階で進化したもので、哺乳類の脳の奥深くに根ざしているかもしれないということだ。
実際、こうした特徴は1億年ほども前――つまり、ヒトと齧歯類の祖先が分岐した頃から、すでに存在していた可能性があるのだという。
これが正しければ、この気持ちは他の数多くの動物にも備わっているということにもなる。
【ではネズミは利他的な生き物なのか?】
注目すべき研究だが、これはネズミが利他的であったり、彼らが他のネズミに対して気配りをしていると結論付けているわけではない。ただ単に、ネズミは他の仲間に危害が加わることを嫌がっているという事実がわかっただけだ。
ネズミが仲間の感情(特に苦痛)に対して反応するという科学的知見はどっさりとある。だが、そこに今回の結果が加わったとしても、ネズミに人間と同じような利他性が備わっていると結論づけるのは早計であろう。
我々人間ですら利他的であるとは言い切れないふるまいをすることがあるのだから。
References:zmescience / inverse./ written by hiroching / edited by parumo
記事全文はこちら:ネズミは人間と同じ共感力を持っている。傷ついている仲間を見ると悲しくなる(オランダ研究) http://karapaia.com/archives/52288695.html