時空を喰らう「無の泡」とは何か?

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 もしかしたら宇宙は自らを内側から喰らおうとしているのかもしれない。

 物理学者はこの現象を「時空崩壊(spacetime decay)」と呼んでいる。
幸いにも、これが起きる可能性は相当に低いようだが、それでも研究テーマとしては面白い。

 宇宙が「無の泡(bubbles of nothing)」によって完全に破壊されるという説は、1982年に理論物理学者エドワード・ウィッテンによって提唱された。その論文では、「宇宙に穴が自然発生し、急激に無限に拡大しながら、遭遇するあらゆるものを無限へと押しやる」と述べられている。

 宇宙開闢より140億年が経過しても、無の泡によってこの宇宙が破壊されていないことを鑑みれば、どうやらそれほど差し迫った話ではないようだ。

 しかしオビエド大学(スペイン)とウプサラ大学(スウェーデン)の研究グループが『Journal of High-Energy Physics』(2月5日投稿)で発表した学説によれば、ここから重要な洞察を得られるのだという。

 それは宇宙を構成する最小の構成単位――すなわち「超弦」に関することだ。
【真空の宇宙】

 真空には完全なる無というイメージがある。だから、真空であるこの宇宙に、恒星やら惑星やらが存在するという事実は、どうにも腑に落ちないかもしれない。

 だが、この宇宙がほとんど真空であるということは、ここが比較的安定した状態で存在できる理由の1つである。

 「場の量子論」では、真空をエネルギー状態が限界まで低い状態と解釈している。たとえ量子が励起して真空よりも高いエネルギー状態になったとしても、それは長くは続かず、陽子などの形のエネルギーを放出しながら、すぐに一番低いエネルギー状態へと崩壊してしまう。

 この宇宙がほぼ真空であるということは、最初から一番低いエネルギー状態にあるということだ。
だから、時空崩壊を心配する必要はそれほどない――はずだ。

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【安定しているように見えて安定していない偽の真空】

 だが、理論物理学によれば、このような前提では、ちっとも安定しないのだという。
 
 1970年代初頭、ロシアの研究者によって、安定した真空と不安定な非真空との中間の状態について考察された。それは長い間”メタ安定状態”が続き、なかなか崩壊しないことから、一見安定しているように見える状態だ。

 この状態は「偽の真空」と呼ばれており、初期宇宙の状態に関する理論、重力の効果、宇宙を観察した結果といったものに関する矛盾点を解消するために考案された。

 じつのところ、偽の真空はビッグバンへの移行期のみを記述するための仮説だが、「ヒッグス場」に関するより最近の研究からは、我々がまだ偽の真空状態を生きている可能性が示唆されている。

 というのも、これまで安定している(エネルギーが最低の状態)と考えられてきたヒッグス場が、最低エネルギー状態ではないかもしれないことが分かったからだ。

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【すべてを無に還す「無の泡」】

 もし、安定した宇宙というイメージが幻想であるならば、宇宙はいかにして崩壊するのだろうか? その答えが「無の泡」である。

 無の泡は、時空は内側と外側とでは特性が異なると説く「時空の泡」の一種だ。泡には、たとえば内外でダークエネルギーの強さが異なるタイプが考えられるが、無の泡の場合、内側には何もない。文字通りの無である。

 偽の真空の時空の中でこの無の泡が発生してしまうと、それは急激に成長し、やがては宇宙全体を飲み込んでしまう。
最終的に時空は完全に無に還り、宇宙は終焉を迎える。

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【無限の宇宙では無の泡が100パーセント発生する】

 だが、そもそも無の泡はなぜ発生するのだろうか? その答えは「超弦理論」に求められる。

 超弦理論や超ひも理論と呼ばれるこの仮説は、物質の基本的な単位は点ではなく、1次元の広がりを持つひもであると説明する。ひもは振動することができ、これが量子重力を作り出す。

 宇宙の姿を説明しうる優れた理論とされているが、いくつかの立証されていない前提に立脚してもいる。

 一例を挙げるなら、同理論は4次元よりも多くの次元を必要とする。3次元空間と時間に加えて、コンパクトに折り畳まれて検出できない、数学的にはあるとされる小さな次元がなければならないのだ。

 専門的すぎてここで詳しく説明することはできないが、無の泡は4次元の時空ではなく、ひものような多次元時空の中で生じるとされる。

 その1つである「カルツァ=クライン真空」と呼ばれるひも状時空モデルによれば、すべてを破壊する無の泡が無限の宇宙で発生する確率は1だ――つまり100パーセントだ。

 この宇宙が無限の広がりを持つのかどうか、確かなことは分からないが、この事実を知って、あなたは運命づけられているかもしれない宇宙の終わりに恐怖するだろうか?

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【それが運命ならすでに起きているはず】

 安心して欲しい。チェコの超弦理論学者ルボシュ・モトルによれば、無の泡による終焉は、理論を却下するために使うべきなのだという。なぜなら、仮にそれが本当に起きるのならば、すでに起きているはずだからだ。


 彼によれば、この時空が安定しているどうか、はっきりとは分からないという。宇宙がやがて終焉を迎える可能性は確かにある。だが、宇宙開闢より140億年が経過しているというのに、無の泡の侵略が始まっていないのだから、その可能性はかなり低いと考えていいのだそうだ。

 無の泡理論が相当に大きな破滅の可能性を示唆するものならば、それはすでに起きている。そうなっていないからには、同理論には何か欠陥があるに違いないのだ。

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【無の泡理論の真の目的とは?】

これについて、今回紹介した論文の著者の1人、ウプサラ大学のマージョリー・スキロー氏も同意している。

 彼女によれば、無の泡理論の目的の1つは、無の泡による時空崩壊がほとんどあり得ないことだと仮定した場合に導かれる、超弦理論的宇宙についての洞察を得ることであるという。ひも状真空に基づいて私たちが暮らす宇宙を記述するつもりなら、宇宙が崩壊する経路を理解することが大切なのだそうだ。

 じつは論文にはもう1つ目的がある。スキロー氏らの考えでは、宇宙を破壊する無の泡の数学的説明は、宇宙の起源のモデルとしても使えるかもしれないのだそうだ。

 凄まじいスピードで拡大する無の泡の挙動は、初期の宇宙が膨張する様子とよく似ている。特に、無の泡の外側の表面は、仮に宇宙の誕生を外側から観察できたときの様子にそっくりだと考えられるらしい。


 ずいぶん強引にも思えるかもしれないが、これは理論物理学と初期の宇宙理論の重要なテーマだ。

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 「どのような条件なら、観測者は無の泡に”乗る”ことができるのか。これを探求し、今私たちが暮らしている宇宙と似た宇宙を調べるのはとても面白いことです」とスキロー氏は話す。こうした理論は、観測されたダークエネルギーの説明にもつながるかもしれないそうだ。

 研究者だって宇宙については分からないことだらけなのだ。こうした話は我々素人の頭を混乱させるばかりかもしれない。

 とにかく、ここで理解して欲しいのは、少なくとも無の泡に飲み込まれてあなたの存在が消えてしまう恐怖で今夜眠れなくなる必要はないということだ。

References:futurism / vice./ written by hiroching / edited by parumo

記事全文はこちら:時空を喰らう「無の泡」とは何か? http://karapaia.com/archives/52288698.html
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