
人間の遺伝子でサルの脳が成長/iStock
私たちの脳はその大きさにおいて他の霊長類のものとは一線を画している。どうやら、脳が大きくなる秘密は、ある遺伝子にあったようだ。
マックス・プランク分子細胞生物学・遺伝学研究所や慶應大学などの研究チームによって、コモンマーモセット(学名 Callithrix jacchus)というオマキザルの仲間の胎児に、ある人間の遺伝子を移植するという実験が行われた。
その結果、サルの脳が通常よりも大きく成長することが確認されたと、『Science』(6月18日付)で報告されている。
【人間だけに存在する知恵の遺伝子をサルの胎児に移植】
その遺伝子は「ARHGAP11B」といい、人間だけに存在する。言語や計画など、高度な認知機能を担う「新皮質」を大きくさせる役割があることで知られるものだ。
この遺伝子をウイルスの運び屋を利用してサルの胎児に移植したところ、まるでホモ・サピエンスの脳がたどった進化と同じようなことが引き起こされたとのこと。
移植から101日後に観察すると、その脳では通常よりも新皮質が大きくなり、人間のようなシワができ、神経細胞を作り出す細胞型が増え、さらに上層にある神経細胞が増加していた。
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ヒト遺伝子を移植され、通常よりも大きく成長したサルの胎児の脳image by:Heide et al. / MPI-CBG
【500万年前に突然変異した遺伝子】
ARHGAP11Bが登場したのはおよそ500万年前。私たちの祖先がチンパンジーと分岐してしばらくしてからのことだ。「ARHGAP11A」という遺伝子の突然変異が原因である。
ただし、「祖先型B(ancestral B)」と呼ばれる当時のARHGAP11Bは、私たちが持つ遺伝子そのものではない。ARHGAP11Bは150万~50万年前に再び突然変異したと考えられているからだ。今回の実験に使われたのは、後者の最新のほうだ。
これまで、ARHGAP11Bがマウスとフェレットの脳に与える影響が検証されたことはある。
そうした実験では確かに脳が大きくなった。しかし、人体で通常発現している以上のレベルの遺伝子が利用されていたため、遺伝子だけでなく、それ以外にも脳を成長させた要因が隠されていた可能性はあった。
そもそもマウスもフェレットも霊長類ではない。そのため、その遺伝子が私たちの祖先の脳をどのように変えたのか、はっきり断言することはできなかった。
だが今回、人間以外の霊長類の脳をも生理学的に大きくするという最初の科学的証拠が得られたことになる。
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101日後のサルの胎児の脳。矢印はシワの形成が始まっている位置を示す
【人間の進化の手がかり、病気の治療に役立つ可能性】
今回の発見は、人間がたどった進化の詳細を明らかにする手掛かりになるだけでなく、病気の治療などにも役立つ可能性があるそうだ。
ARHGAP11Bがあるゲノム領域は、知的障害、統合失調症、てんかんといった病気との関連性が指摘されており、その機能の理解が進めば、こうした病気についても理解が深まると期待されるからだ。
たとえばARHGAP11Bを移植されたサルの脳にはシワが増えたが、これは脳の表面積を大きくしてくれるために、脳を過剰に拡大することなく神経細胞の数を増やすことができる。そしてじつは、大きすぎる脳(大頭症)は、自閉症といった神経学的・行動学的障害と関連している。
また、この遺伝子から作られた幹細胞なら、パーキンソン病など、関連する突然変異がはっきり特定されている病気の治療にも有望であるそうだ。
Human-specific ARHGAP11B increases size and folding of primate neocortex in the fetal marmoset | ScienceReferences:smithsonianmag / inverseなど/ written by hiroching / edited by parumo
https://science.sciencemag.org/content/early/2020/06/17/science.abb2401
記事全文はこちら:人間の知恵をつかさどる遺伝子をサルに移植した結果、脳が成長しヒト化が進む(日・独共同研究) http://karapaia.com/archives/52292015.html
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