人間の体が突然燃える「人体自然発火現象」の謎を科学的に検証する

人体自然発火現象の謎/iStock
 外的な熱源がないのに人体が勝手に発火し、燃え上がることなどあるのだろうか。この不可解な現象は長いこと議論されてきた謎のひとつだ。


 だが、過去300年の間に、200件以上の報告例があるのも事実だ。この現象は、「人体自然発火現象(SHC)」と呼ばれていて、いきなり人体の中から発火して死をもたらすという。

 数百件にものぼる報告記録は、似たようなパターンで起こっていることを示している。
【人体自然発火現象の事例】

 犠牲者はひとり暮らしの高齢者が多く、たいてい自分の家の中で死んでいる。だが、不思議なことに手や足先など体の先端部分は燃えずに残ることが多い。

 頭部や上半身は、本人と見分けがつかないくらい黒焦げになってしまうのに、内臓はまるで無傷という珍しいケースもある。

 犠牲者が亡くなっていた部屋は、家具や壁に脂の残滓が付着していた以外、ほとんど燃えていないことが多い。さらに、いぶしたような甘いにおいが残っていることもあるという。

【人体自然発火現象の歴史】

 人体自然発火現象は、すでに中世の文献に登場するほど古くからある。聖書の中にも、この現象を示しているくだりがいくつかあると信じる者さえいる。

 1641年、デンマークの医師トーマス・バルソリン(1616~1680)が、奇妙な医学現象を集めた自著『Historiarum Anatomicarum Rariorum』の中で、ポロヌス・ヴォルスティウスの死について書いている。

 ヴォルスティウスはイタリアの騎士だが、1470年にイタリア、ミラノにある自宅で強いワインを飲んだ後で、突然、口から炎を吐き出し始め、全身が炎に包まれたという。
これが、人体自然発火が報告された史上初の記録だと考えられている。

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 1673年、フランスの作家、ジョナス・デュポンは、人体自然発火についての症例と研究をまとめた『De Incendiis Corporis Humani Spontaneis』を出版した。

 フランスでの有名な事件は1725年にさかのぼる。パリにある宿屋の主人が、煙のにおいに目を覚ますと、妻のニコール・ミレーの体が燃えて灰になっていた。だが、彼女が寝ていた寝床の藁は、まったく燃えていなかったという。

 慢性的なアルコール中毒だったニコールの体で残っていたのは、頭蓋骨、背骨が数本、下腿の骨だけだったという。周囲にあった木材の類は、まったく燃えていなかった。結局、夫が殺人罪で有罪になった。

 ニコールの遺体が発見されたとき、その宿屋にはクロード=ニコラス・ル・キャット博士という外科医が泊まっていた。彼の証言のおかげもあって、抗告審判で裁判官は、ニコールの死因は「人体自然発火」だったという弁護を認めた。のちに、ニコールの死は"神の思し召しの結果"ということになった。

 19世紀には、有名なイギリスの作家、チャールズ・ディケンズが『荒涼館』の中で、登場人物のひとりを殺すのに人体自然発火現象を利用したため、この現象が世間に知られるようになった。
批評家は、ありえない現象を正当化しようとしているとして、ディケンズを批判したが、彼は当時、記録されていた30の事例を示す現実の研究があることを指摘したという。

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チャールズ・ディケンズの『荒涼館』の中の人体自然発火のイラスト / image by:public domain
【人体自然発火現象のおもな共通点】

 1938年、ブリティッシュ・メディカルジャーナルで、人体自然発火現象の話題が取り上げられたとき、L・A・ペリーは記事の中で1823年に出版された『法医学』の本を引用した。それによると、人体自然発火現象にはいくつかの共通の特徴があるという。

・犠牲者は慢性アルコール中毒。
・犠牲者は年配女性が多い。
・体から自然発火しているが、火のついたものに接触したケースもあった。
・手や足先は燃えずに残っている。
・遺体に触れていた燃えやすいものには、ほとんどダメージがない。
・体が燃えた後には、脂のようなものや強いにおいのする灰が残り、あたりに不快な空気が漂う。

 アルコール中毒が、人体自然発火に大きく関与しているようにみえる。

 ヴィクトリア時代には、アルコール中毒がSHCの原因の一部だと考えた医師や作家者もいた。

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【科学的に有力な仮説:ロウソク効果】

 アルコール中毒以外にも、人体自然発火の原因についてはいくつか説がある。
燃えやすい体脂肪、多量のアセトン、静電気、メタンガス、バクテリア、ストレス、果ては神の介入などなど。

 科学的にもっとも支持されている説は、ロウソク効果だ。犠牲者の体がロウソクのような状態になって燃えたというもの。

 ロウソクは、中央の芯が燃えやすい脂肪酸でできたロウで覆われている。芯に火がつくと、脂肪分の多いロウを燃料として燃え続ける。

 この場合、人間の体脂肪が可燃性物質、つまりロウで、犠牲者の衣服や髪が芯にあたる。例えば、タバコの火が衣服についたとすると、皮膚の表面が焦げて、皮下の脂肪が露出する。

 熱で脂肪が溶けて衣服に吸収されると、ロウのような役目を果たして、芯が燃え続けることになる。燃料になるものがそこにある限り、火は燃え続ける。

 この説を支持する者は、犠牲者の体が燃えているのに、まわりのものがほとんど燃えない理由の説明にもなるといっている。

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ロウソク効果説の3つの段階 image by:arzbmad16 / Slideshare
【その他科学的仮説】

 生物学教授のブライアン・J・フォードは、人体自然発火の原因は多量のアセトンではないかという。

人はなんらかの病気になると、体内に自然にアセトンが増えることがある。
アセトンは非常に燃えやすい化学物質だ。アセトンに浸した豚肉に火をつけてみると、焼夷弾のように爆発的に燃えあがるという。

ほかの多くの疾病と同様、アルコール中毒がこのアセトンの生成を引き起こした可能性がある。健康状態の悪い人の体内で多量のアセトンが作られ、それが脂肪組織に蓄積して、静電気やタバコなどによって引火した可能性がある

 考慮しなくてはならないのは、人体自然発火のほとんどは、屋内で、ひとりでいるとき、そして近くになんらかの熱源があるときに起こっているという事実だ。

 町中の通りの真ん中で、この現象が起きたという事例はほとんど知られていない。さらに、これは人間だけに見られる現象で、動物に起こったケースはない。

 ロウソク効果は、燃えている最中に犠牲者がもがき苦しんだりしない理由の説明にはならないようだ。また。周囲の家具などが炎の影響を受けない理由も、十分に説明できていない。

 人体を完全に灰にするには、摂氏1600度もの高温が必要だという。火葬にするだけなら、980℃ほどでいいらしい。

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【現代の人体自然発火現象の事例】

 人体自然発火は昔の話ではなく、現代でも起こっている。
2010年、アイルランドでの例だ。

 76歳のマイケル・ファハティの焼死体が見つかったのは、彼のアパートの部屋で、暖炉に頭を向けて倒れていた。例のごとく、床や天井、そのほか室内はどこも燃えていなかった。検死官は、ファハティの死因は人体自然発火だと断定した。

 2017年には、70歳の男性がロンドンの通りの真ん中で突然炎に包まれた。消防署の調べでは、促進剤の類の痕跡はなにも見つからなかったという。説明がつかず、この男性の死は不明として扱われた。これも人体自然発火の一例なのだろうか?

 人体には、この地球上のさまざまな生き物の中で人間をユニークな存在にしている特徴がたくさんあり、私たち自身にもまだよくわかっていない人間の側面があると多くが信じている。そんな特徴のひとつが、いまだ謎だらけの人体自然発火という現象なのかもしれない。

References:Spontaneous Human Combustion: A Burning Mystery | Ancient Origins/ written by konohazuku / edited by parumo
追記(2020/11/03)本文を修正して再送します。

記事全文はこちら:人間の体が突然燃える「人体自然発火現象」の謎を科学的に検証する http://karapaia.com/archives/52296117.html
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