
人間が飲む薬は、服用したらそれで終わりではない。その後思わぬ場所で思わぬ影響をもたらしていることがある。
大抵の薬はすべてが人体に吸収されることはなく、吸収されなかった薬はやがて体の外に排出される。つまりはトイレへと放出され、そこから下水へ流れ込む。さらに下水処理場でも処理しきれなかったものは、最終的に海にたどり着く。
そうなると意図せずして人間の薬を飲んでしまう海の生き物が出てくる。彼らは人間の薬を体に取り込むことになり、魚がメス化するなど、ときに思わぬ副作用が生じることもある。
そして今回の研究でわかったのは、抗うつ剤「プロザック」の成分を吸収してしまった魚は、ゾンビのように没個性化してしまうということだ。
【人間の抗うつ剤が魚にも影響をもたらす】
海の生物に影響を与える可能性が懸念されている薬の1つに抗うつ剤がある。
西オーストラリア大学の研究グループによると、向精神薬は人間の脳に備わっている受容体をターゲットにするが、そうした受容体は動物界に広く見られるのだという。そのために人間以外の種に効いたとしてもちっとも不思議ではないのだそうだ。
垂れ流される抗うつ剤がどれほど広まっているのかはっきりとしたことは分からない。しかし食事や交尾まで、事実上、野生の魚のあらゆる行動を変えてしまう可能性があると考えることができる。
中でも最大の謎の1つとされるのが、それが個体レベルに影響する程度だ。
これまでの関連研究は、集団単位を観察したもので、個々の魚にどのような変化が現れるのか調べたものはあまりない。
[画像を見る]
iStock
【プロザックにさらされたグッピーが没個性化】
そこで個体レベルの影響を確かめるために、ジョヴァンニ・ポルヴェリーノ氏らは、抗うつ剤の一種で、選択的セロトニン再取り込み阻害薬「プロザック」という商品名で販売されている「フルオキセチン」を自然の水環境と同じ濃度に溶かした水槽で、グッピーを飼育して2年間観察を続けた。
その結果は恐るべきものだった。グッピーから個性が消えてしまったのだ。どのグッピーもみなゾンビのように同じ行動をとるようになってしまったのである。
「残念なことに、フルオキセチンに暴露した魚からは、行動の多様性が損なわれることが分かりました」と、ポルヴェリーノ氏は述べている。
[画像を見る]
iStock
【魚の没個性化は絶滅リスクを高める】
長い目で見てみれば、その影響は非常に大きなものになる恐れがある。個体レベルでの行動戦略のばらつきは種の生存にとってとても大切なことだからだ。
たとえば、リスクを物ともせずに積極的に行動する個体は、危険にも遭遇するが、より多くのエサにありつき、それだけたくさんの子供を残せるかもしれない。こうしたことは、種の適応度や遺伝的多様性、柔軟性を高めることにつながる。
環境は常に変化し続けるが、遺伝的多様性や柔軟性がなければ、種としてそうした変化に対応することが難しくなる。それは絶滅のリスクを高めるということだ。
実際、魚の没個性化は「変化し続け、しかも汚染が広がっている世界において、多くの魚の絶滅リスクを高めかねません」と、ポルヴェリーノ氏は懸念している。
[画像を見る]
iStock
もちろんこれは水槽の中で飼われているグッピーの話なので、実際のところ、それが海で暮らしている魚たちにどの程度の影響を与えているのかまだはっきりとは分からない。
それでも決して無視できない結果であることは間違いないだろう。
人間社会にあっても、自分らしく生きることが難しいところだが、広大で自由に思われる海の中でも没個性が蔓延したディストピアが広まりつつあるのかもしれない。
この研究は『Proceedings of the Royal Society B』(2月10日付)に掲載された。
written by hiroching / edited by parumo
記事全文はこちら:海水に流れ込んだ抗うつ剤「プロザック」が魚をゾンビのように没個性化させてしまうという研究結果 https://karapaia.com/archives/52299331.html
編集部おすすめ