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男は人に道を尋ねず、女は地図を読むのが苦手、その理由は男と女の脳に違いがあるからだ。というステレオタイプがある。
「男脳」「女脳」は一時期流行った説だが、実際は脳の研究が進めば進むほど、脳の性差を裏付ける証拠が乏しいことがわかってきているという。
MRIが発明されて以来、脳科学者は熱心に女性と男性の脳の違いを探し続けてきた。米ロザリンド・フランクリン医科大学の脳科学者リーズ・エリオット博士もその1人だ。
しかし30年におよぶ研究を経て、彼女がたどり着いたのは、脳の性差を証明する証拠は事実上ないという答えだ。
単純に大きさによって生じる違いを除けば、男女間で脳の構造や活動に意味のある差異はまったく見当たらず、片方の性別に特有とされる個性や能力の違いを説明できるような脳の違いもまるでないのだという。
【男女の脳、違いよりも共通点が多い】
生物では、同じ種でもオスとメスでは大きく異なる特徴をそなえていることがある。
この「性的二形」が人間の脳にもあるという説は、じつに科学っぽく聞こえる。実際、動物の中には脳に性的二形が現れる種もいる。たとえばある鳥はさえずりを司る脳領域の大きさが、オスとメスで6倍も違う。
しかしエリオット博士は、このことは人間の脳には当てはまらないと説明する。
人間の場合、男性の脳は女性よりも11%ほど大きい。しかし、鳥のように特定の領域の大きさに不釣り合いなほどの違いがあるということはない。
脳の大きさは体の大きさに比例するが、それは内臓も同じだ。そして脳の性別による大きさの違いは、じつのところ内臓の大きさの違いよりも小さい(心臓・肺・腎臓なら、男性は17~25%女性より大きい)。
また脳の各領域に目を向けてみると、男女間で大きさの差異が1%を超えるところはない。しかも、こうした小さな差異でさえ、地域的・人種的なグループで比較したときに一貫しているものはない。
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【性差というよりも大きさの違い】
エリオット博士によると、それ以外の脳の性差とみなされる特徴も、性別ではなく、大きさの産物であるという。
そうした特徴に、たとえば灰白質に対する白質の割合や、右脳と左脳の結合割合がある。しかしこれらは、性別とは関係なしに、脳が大きい人ほどその割合が大きくなる傾向にあるものだ。
さらに言うなら、両半球の結合のほんの少しの違いで、男女の行動の違いを説明できることを完全に否定した研究も最近になって発表されている。
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【人工知能は脳の性差を見抜けるか?】
それでも脳の性的二形という考えは根強く残っているらしく、人工知能を利用して、脳の画像からそれが女性のものか男性のものか予測するという試みが行われたことがある。
その正答率は8、9割だ。ただし、頭の大きさを同じくらいにそろえてしまうと、なんと6割に低下してしまったのだ。これではコイントスより少しマシな程度でしかない。
しかも、人工知能は、たとえばヨーロッパ人の結果から中国人の結果を予測するといったことも非常に苦手だった。
こうしたことは人間の脳に、男脳と女脳を区別できるような普遍的な特徴はないことを示しているとエリオット博士は述べている。
これまでデータが大規模になり、研究手法が向上すれば、脳に普遍的な性差があることがはっきりするだろうと考えられてきたが、皮肉にも、現実にはそれはますます小さいものであることがわかってきたのだという。
ではなぜ脳に性差があるという仮説がこれまで信じられてきたのだろうか?
エリオット博士によれば、それは「公表バイアス(出版バイアス)」のせいだという。公表バイアスとは、、否定的な結果が出た研究は、肯定的な結果が出た研究に比べて公表されにくいというバイアス(偏り)である。
すなわち、男と女では脳に違うがあるという主張のほうが、そうでないという主張よりも取り上げられやすかったのだ。
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【性差よりも個人差の違いのほうがずっと大きい】
一方で、こうした発見に対しては、ポリティカル・コレクトネスのために科学を否定しているといった批判や、うつ病やアルツハイマー病といった女性に多い病気の研究者から何かを見落としているといった批判が寄せられる。
それでも数十年かけて集められた実際のデータを否定することはできないとエリオット博士は話す。そのデータが示しているのは、脳の性差はごくわずかなもので、個人間に見られる違いのほうがずっと大きいということだ。
たとえば、ある地域では10年前、数学と英語のクラス分けは学生の性別に基づいて行うべしとの指針が出されたことがある。しかし教師たちは、現実には男女間の成績の違いよりも、男子学生間あるいは女子学生間の成績の違いのほうが大きいと、これに反対した。
言い換えるなら、性別は個人の脳のタイプを示す指標としてはかなり不正確であるということだ。
むしろ個人の脳には、女性性と男性性がモザイクのように入り混じった回路がそなわっている。
最近ではクィア、トランスジェンダー、ノンバイナリー(Xジェンダー)を自認する人が増えているが、これなども脳の構造だけで、さまざまな行動をある性別に特有のものなどと一括りにできないことを示す証左であるとのことだ。
ちなみに自分が男なのか女なのか、その認識はVRで異性の体を体験した程度でぐらついてしまうそうだ。
References:You don't have a male or female brain – the more brains scientists study, the weaker the evidence for sex differences/ written by hiroching / edited by parumo
記事全文はこちら:研究が進めば進むほど、「男脳」「女脳」という脳の性差を証明できる証拠が乏しくなる https://karapaia.com/archives/52301606.html
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