失われた髪は取り戻せるのか?薄毛・無毛治療研究の最前線
 最近では薄毛や無毛をハゲと呼ばずAGA(Androgenetic Alopecia)と呼ぶようだが、現時点で、一度髪の毛が失われてしまえば、それを取り戻すのは難しい。

 最近の研究では、毛髪が欠乏した部分の毛穴からは幹細胞が流出していることが明らかになっている。


 だが、遺伝子工学の進歩によって一縷の光明が差し込みつつあるようだ。2012年、東京理科大学のグループが無毛のマウスに幹細胞を移植して、人間の毛髪の発毛に成功した。それから10年が経過し、さらに技術が進化しているようだ。『MIT Technology Review』が伝えている。

遺伝子工学で育毛 いくつかの新興企業は、最新の遺伝子工学技術を用いて、毛が生えなくなった皮膚に、毛を蘇らせようとしている。

 dNovo社は、マウスの体に人間の髪幹細胞を移植して、マウスの体で人間の髪の毛を培養するという実験を繰り返している。

 エルネスト・ルハンCEOによれば、同社は通常の細胞を遺伝的に「再プログラム」することで、新しい毛包を作り出しているのだという。

 髪の毛は「毛包」で作られる。若い頃は健康だった毛包も、男性ホルモン(テストステロン)・加齢・がん・遺伝的な不運・新型コロナウイルスなどのせいで、中の幹細胞が失われていく。これがハゲの原因だ。

 ならば、失われた幹細胞を回復させてやれば、髪の毛も回復すると考えられる。dNovo社はそのために、毛包遺伝子の活動パターンを変化させて、普通の細胞を髪幹細胞に転換している。


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image credit: DNOVO

老化克服の鍵を握るiPS細胞 大袈裟かもしれないが、こうした薄毛・無毛治療研究は、細胞の再プログラムによって老化を克服しようという挑戦の一環である。

 実際、ハゲ治療と同じように細胞を再プログラムすることで若返る方法を模索する企業や、血液細胞を卵子に変えて不妊治療を試みる企業がある。

 このような研究が盛んに行われるようになったのは、2000年初頭に京都大学の山中伸弥教授らが、細胞を培養して人工的に幹細胞(iPS細胞)を作る方法を考案したことがきっかけだった。

 これによって、神経から心臓の筋肉まで、あらゆる細胞を供給できるようになると大いに期待された。

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実証実験は今後の課題 だが実際には、幹細胞から特定の細胞を作る方法は、手探りで探さなければならない。

 たとえ実際に必要な細胞を作れたとしても、それを人体に戻すのはまた別の話だ。これまでのところ、幹細胞で実際に患者を治療できた実例はわずかでしかない。

 たとえば日本では、2014年に神戸市立医療センター中央市民病院の医師が、幹細胞から作られた網膜移植を試みている。2021年には米バーテックス社が、インスリンを分泌する細胞を移植して糖尿病の治療に成功した可能性があると発表している。

 幹細胞を使ったハゲ治療も同じような試みだ。先述したdNovo社のほかに、Stemson社が製薬企業アッヴィ社から約25億円の資金を調達するなど、研究は着々と進められている。

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実用化はまだ先。
大げさな宣伝に注意 ただし、今の段階では大袈裟な宣伝に気をつけなければならない。カリフォルニア大学のポール・クノープラー氏は、「効果を保障するような広告には気をつけてください」と話す。

 最新技術のおかげで、薄毛治療実現へ向けて少しずつ前進しているかもしれないが、実用化までまだまだ先は長い。その一方で、薄毛を治せると語る人たちがたくさんいるのだという。

 しかし、科学者として「現時点でそれが上手くいくと保証できないほどにリスキー」なのが現状だと、クノープラー氏は説明する。

 また仮に治療できるようになったとしても、最初はかなり高額である可能性が高い。

 ハーバード大学のカール・コーラー教授は、「髪を取り戻すために、人々は相当頑張るでしょう。でも最初は、オーダーメードのようなプロセスで、非常に高額でしょう」と話す。

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オルガノイドで毛幹を再生するというアプローチも そう話すコーラー教授は、「オルガノイド」で毛幹を再生するというまた違ったアプローチを採用する。オルガノイドとは、試験管などで培養される臓器のミニチュアのようなものだ。

 もともとは難聴治療の研究で、内耳の毛のような細胞の培養が試みられていたという。ところが、図らずもそれは皮膚細胞になってしまった――そこには毛包がしっかりと揃っていたのである。


 こうして偶然得られた成果を元にコーラー教授は研究を進め、現在では球状の皮膚オルガイドを150日間成長させることに成功している。

 2ミリほどにまで成長した皮膚オルガノイドを見れば、毛包をはっきりと確認できる。が、不思議なことがある。なぜだか髪の毛が内側に成長するのだ。

 「なぜ内側に成長するのか大きな謎です。ですが、美しい構造が見えますよ。」

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皮膚オルガノイドの拡大画像。表面は毛包でおおわれている / image credit:JIYOON LEE AND KARL KOEHLER, HARVARD MEDICAL SCHOOL
References:Lab-grown hair cells to treat baldness could be on the way | MIT Technology Review / written by hiroching / edited by parumo

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