ゴーストボーイ。10年間植物状態になり、体の中に閉じ込められた男性の奇跡の物語
 南アフリカ出身の少年は、原因不明の病で体の機能がどんどん失われていった。眼球運動とまばたきはできるが、植物状態となってしまった。


 だがそんな中にあり、少年は周囲のすべてを見聞きし、理解していたのだ。

 現在、47歳のマーティン・ピストリウスが、最初に症状を訴えたのは12歳のときだ。学校から返ってきたとき、喉の痛みをうったえた。

 医者は当初、インフルエンザだと診断し通常の治療をした。しかし、マーティンの症状は徐々に悪化し、体はどんどん動かなくなった。

 マーティンには意識はあったのだが、それが体の中に閉じ込められ、鍵をかけられた状態が10年も続いたのだ。

目以外が機能しなくなり、植物状態となった少年ぼくは、クリプトコックス髄膜炎結核性髄膜炎の検査で陽性となり、両方の治療を受けることになりました」マーティンは語る。

「体が衰弱し、しゃべることも動くこともできなくなってしまったのです」

 つまり、植物人間状態になってしまったのだと、2012年に出した自著『ゴースト・ボーイ』の中で語っている。

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病院のマーティン・ピストリウス

 マーティンの両親ジョアンとロドニーは、息子の体が機能停止した決定的な理由を告げられることはなかったが、どうしても諦めることはできず、治療センターで彼を生かし続けた。

 12歳で発病したマーティンは、13歳の時に、目を開いてはいるものの、完全に意識を失ってしまった。

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マーティンと父親のロドニー意識を取り戻したが、誰にも気が付いてもらえない。 マーティンは4年間の植物状態から意識を取り戻した。
だが、まわりのすべてがわかっていることに、誰も気がつかなかった。

 マーティンは、自分の人生のこの時期を、「抜け殻」のようなものだったと言っている。
まわりの音が聞こえ、ものを見ることもでき、周囲のことを理解することはできました。ただ、自分でそれをコントロールする力がまったくなかっただけなのです

ぼくにとって、自分でなにもできない、まったくの無力だという感覚は、これまで体験したことのない最悪の感覚でした。二度とこんなことは味わいたくないと思っています

これは、自分がこの世に存在しないのと同じことです。自分の人生のすべてが、他人によって決められてしまうのですから

着るもの、飲み食いするもの、明日、そして来週自分が行く場所、なにひとつ自分では決められないのです
 彼は、特別なケアセンターで、子供向け番組「バーニー&フレンズ」の再放送をただ見るだけしかなかったことを覚えているという。

「このテレビ番組がどれほど嫌いかを、誰かに言うことすらできなかったのです」

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唯一自由になる目で想像力を養い正気を保っていた マーティンの母親ジョアンは、息子の状態とどう向き合えばいいのか、苦しんでいた。

 マーティンは著作の中で、ある日、車椅子に座っていたとき、そばにいた母親が彼に向かって、"あなたが死んでくれたらいいのに"と言ったことを思い出している。

 この言葉にマーティンはとても傷つき、動揺して悲しみにくれた。そして、そうした言葉が、どこからきているのか理解したという。

 マーティンは正気を保つために、想像力を働かせた。
あらゆることを想像しました。
とても小さな体になって、宇宙船に乗り込んで飛び去るとか、自分の車椅子が魔法のように空飛ぶ車に変わったりとか
物が動くのをじっと見ていることもありました。一日を通して、太陽の光がどのように移動していくかといったことです。

また、昆虫がちょこまかと走り回っているのを、ずっと眺めていることもありました。まさに、自分の心の中で生きていて、まわりの世界のことを忘れてしまうほどだったのです
目を使ってコミュニケーションをとれるように 2001年、マーティンが25歳になったとき、デイセンターの緩和介護士であるヴィルナ・ファン・デア・ヴァルトが、プレトリア大学の拡大・代替コミュニケーションセンターにマーティンを連れていくよう両親にアドバイスした。

 そこで、マーティンは記号が書かれた紙を見せられて、目でそれを追うように言われ、それができることがわかると、今度は犬の絵を見つけるように言われた。

 病気が発症してから13年近くたっていたが、初めて彼には意識があり、まわりとコミュニケーションがとれることを明らかにすることができた。地獄の日々を乗り越えて、人並みの幸せを手に入れたゴースト・ボーイ 両親は、理論物理学者の故スティーンブン・ホーキング博士が使っていた技術と同様の通信ソフトが搭載されたコンピューターを手に入れた。

 マーティンは、マウスのように機能する機器を頭につけて、機械上で文字、単語、記号を自ら選ぶことができるようになった。

 そうしているうち、彼は奇跡的に少しずつ可動域が増え始めた。車椅子で移動することも可能となった。

 2003年、マーティンはファン・デア・ヴァルトとコミュニケートし始め、ソーシャルワーカーとして働いていた愛するジョアンナとも出会うこともできた。

 ふたりは、2009年にエセックスで結婚した。


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マーティンと妻のジョアンナ

 2018年には、息子のセバスチャン・アルバート・ピストリウスが生まれ、現在、コンピューター科学者、ウェブ開発者として働いている。

 マーティンの日常は「Instagram」、「twitter」で見ることができる。

[画像を見る]  マーティンの症状は「閉じ込め症候群(locked-in syndrome)」の可能性もあることがwikipedia海外メディアに記載されている。脳科学辞典によると、脳幹の橋腹側部が広範囲に障害されることによっておこるそうで、眼球運動とまばたき以外のすべての随意運動が障害されるが、感覚は正常で意識は清明なのだそうだ。

References:Martin Pistorius / Man who survived more than a decade in a coma woke up to tell a remarkable story / written by konohazuku / edited by / parumo

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