人間の細胞から生きたロボットを作り出し、神経細胞の傷を治すことに成功
 未来の医療では、患者自身の細胞から作られた小さなバイオロボットが、神経の傷を治し、がんを発見し、薬を体内の必要な場所に送り届けるようになるかもしれない。

 米国の研究チームが人間の気管細胞から作り出したオルガノイドの一種「アンスロボット(anthrobot)」は、小さな付属器官で自ら動き回り、神経細胞につけられた傷に集まると、なんとそれを修復してしまうのだ。


 『Advanced Science』(2023年11月30日付)で発表されたこの生きたバイオロボットには、傷の修復だけでなく、「汚染物質や発がん性物質のスクリーニング」から「薬の運搬」や「健康状態のモニタリング」まで、生きたロボットならではのさまざまな役割を果たしてくれるかもしれないそうだ。

人間の気管細胞から誕生したバイオロボット 米国タフツ大学の発生生物学者マイケル・レビン氏が初めて”生きたロボット“を作ったのは4年前のことだ。

 彼らは、アフリカツメガエルの胚性心臓細胞と皮膚細胞をつなぎ合わせて、繊毛(細胞から生える毛のようなもの)で動き回るオルガノイドを誕生させた。

 だが、このようなカエルを元にしたバイオロボットでは、人間の体から拒絶されてしまう。

 そこでレビン氏が指導する大学院生のギゼム・グムスカヤ氏は、人間の気管にある細胞を利用して、同じものを作り出そうと考えた。

 気管細胞には呼吸によって侵入してくる小さな異物を取り除く「線毛」がある。これを利用すれば、オルガノイドはカエル細胞のものと同じように動き回れると考えられた。

 まずは人間の気管細胞を、ラットの組織から作った3次元足場に入れてみる。するとその2週間後、細胞が増殖して小さなボールのような形に成長した。

 ところが、線毛はその内側にあり、狙い通りに移動することはできなかった。そこで今度は、細胞を特殊な液体に浸し、線毛を外に出すようにうながしてみた。

 こうして出来上がったオルガノイドは、「アンスロボット(anthrobot)」と呼ばれている。
人間のロボットという意味だ。

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人間の細胞から作られたバイオロボット「アンスロボット」は、線毛(黄色い部分)を駆使して、移動することができる。なお赤い部分は細胞の境界、青は核、緑は特定の種類の細胞を表す/GIZEM GUMUSKAYA ET AL., 2023 ADVANCED SCIENCE

 興味深いことに、それらはどれも同じDNAを持つというのに、大きさも形もさまざまだった。

 丸いものや楕円形のものなど、人間のように容姿はさまざまで、それを構成する細胞も100個から1000個までと多種多様。

 さらに線毛の生え方まで、表面全体に広がっていたり、まだらに密集していたり。指紋のように1つとして同じものはなく、まさに人間のようにそれぞれが個性的だったのだ。

 一体なぜこのように個性的なのか? その理由は、細胞が土台に定着した位置や、液体の水分量などが関係するのだろうと考えられている。

 そしてこうした形や大きさ、繊毛の生え具合といった個性が、運動能力にも影響を与える。アンスロボットの中には、まっすぐ動くものも、円を描くように動くものも、あるいはただクネクネするだけのものもいた。

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神経細胞シートの傷を移動するアンスロボットの群れ/GIZEM GUMUSKAYA ET AL., 2023 ADVANCED SCIENCEバイオロボットが神経細胞の傷を修復 研究チームは、このアンスロボットが人間の体にどう作用するのか確かめるために、培養してから傷をつけた神経細胞シートに乗せてみた。これは神経系の傷の治癒効果を調べるための一般的な方法だ。

 するとアンスロボットは傷に集まり、神経組織の”橋"を作って傷を治したのである。
それは生きたロボットであるアンスロボットならではの力で、デンプンやシリコンのような物質ではそうはならかった。

 レビン氏の推測によれば、アンスロボットは、傷の片側にある神経細胞にもう片側がどこにあるかを感じる手助けをしているのだという。そのおかげで、細胞の成長がうながされ、傷が塞がる。

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アンスロボットの集合体 (緑) は、傷つけられた神経細胞 (赤) の成長を促し傷を修復 / image credit:Gizem Gumuskaya, Tufts University生きたロボットは様々な治療や健康診断に利用できると期待 この研究を支援する新興バイオテクノロジー企業「Astonishing Labs」は、アンスロボットを利用することで、神経の病気や怪我を治したり、火傷の治療に応用したりできるのではないかと期待する。

 さらにカリフォルニア大学サンフランシスコ校の病理学者ウォルター・フィンクバイナー氏は、汚染物質・新薬・発ガン性物質の検査ツールとして利用できる可能性を見出している。

 アンスロボットは動く。だから動きを見れば、生きているのかどうか一目でわかる。この特性からさまざまな物質の検査を行おうというのだ。

 またアンスロボットの遺伝子を操作することで、がん治療薬の運搬など、必要に応じて欲しい機能を持たせることもできるかもしれない。

 レビン氏によれば、人間の細胞から作られたアンスロボットは既存の薬剤よりも毒性が低く、移植型デバイスのように免疫系を刺激する可能性も低いという。

 感覚機能や記憶機能まで与えて身体の健康状態をモニターするなんて、薬や移植型デバイスでは難しいこともやってのけるかもしれない。

 それは生きているがゆえに、想像以上に多くの役割を果たしてくれる可能性があるのだそうだ。


References:Motile Living Biobots Self‐Construct from Adult Human Somatic Progenitor Seed Cells - Gumuskaya - Advanced Science - Wiley Online Library / Tiny ‘anthrobots’ built from human cells could help heal the body | Science | AAAS / Medical Marvel: Human Cells Transformed Into Tiny Biological Robots / written by hiroching / edited by / parumo

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