
米空軍が推進する「ロケット貨物バンガード計画」は、宇宙ロケットを使って地球上の任意の場所へ迅速に最大100トンの物資を届けるというプロジェクトだ。
その着陸テスト候補地として選ばれたのが、アメリカ領の北太平洋の島で2004年に無人島となった「ジョンストン環礁(かんしょう)」だった。
だが今、米軍はこの島での計画を一時保留とし、代替地の検討を始めている。
化学兵器や核実験の過去をもつこの島は、今では野生生物の楽園として再生しつつあるからだ。環境保護団体などの反対により、この島は、再び軍事利用される事態を免れた。
核と化学兵器の島から自然保護区へ
ジョンストン環礁は、ハワイのオアフ島から西に約1500km、ミッドウェー島から南に約1000kmの位置にあるアメリカ領の無人島である。
過去には第二次世界大戦中の空軍基地や、1950~60年代の大気圏核実験、さらには化学兵器の保管・処分施設としても使用されていた。
これらの軍事活動により、島は深刻な放射能や有害物質による汚染を受けた。
2004年にアメリカ軍が撤収してから各施設は閉鎖され、現在滑走路跡地やその他の施設の跡地が残るものの、無人島となっている。
島は数十年間にわたる除染と復興作業により生態系が回復し、現在では「パシフィック・レモテ・アイランズ・マリーン国定公園[https://www.fws.gov/national-monument/pacific-islands-heritage-marine]」の一部として、14種の熱帯鳥類が生息する貴重な自然保護区となっている。
ジョンストン環礁が再び軍事利用候補地に
2025年3月、米空軍はこの島を「ロケット貨物ヴァンガード計画(Rocket Cargo Vanguard Program)[https://www.spaceforce.mil/News/Article/2646698/department-of-the-air-force-announces-fourth-vanguard-program/]」の着陸試験地として再び利用する意向を発表[https://www.stripes.com/theaters/asia_pacific/2025-03-04/cargo-rocket-pacific-johnston-atoll-air-force-17026030.html]した。
この計画は、最大100トンの貨物を地球上の任意の地点に90分以内で輸送するという、宇宙からの超高速物流システムの実現を目指すものである。
宇宙作戦司令官であるジョン・W・ジェイ・レイモンド氏は、このプログラムの発表時に次のように述べている。
紛争や人道的危機が発生した場合、宇宙軍は国家指導部に対して、宇宙から戦略的目標を達成するための独立した選択肢を提供できる
これは、従来の軍事・人道支援の枠を超え、宇宙空間を使った迅速な対応力を構築しようとするものであり、国家安全保障の観点からも重要視されている。
この計画では、ロケットを島に着地させるための専用の着陸場を2か所に建設する案が含まれていた。構想の実現には、信頼性の高い「再使用可能な民間ロケット」の活用が不可欠とされている。
具体的な企業名は公表されなかったが、現在の民間宇宙開発の状況や、国防総省との契約実績を考慮すると、「スペースX」の関与が強く見込まれていた。
スペースXは、繰り返し使用できるロケット技術でアメリカ政府と多数の契約を結んでおり、テキサス州ボカチカにある専用施設では、同様の発射・着陸試験をすでに実施している。
環境団体と先住民が強く反対、多くの署名が集まる
ジョンストン環礁の再軍事化に対しては、太平洋諸島文化遺産連合[https://protectpih.com/home-2](Pacific Islands Heritage Coalition, PIHC)や、生物多様性センター[https://www.biologicaldiversity.org/](Center for Biological Diversity)など、環境団体や先住民団体が強く反発した。
PIHC代表であるハワイ先住民のソロモン・カホオハラハラ氏は、「地球が急速に変化している今こそ、回復と癒やしに専念すべきである。ジョンストン環礁(ハワイ語名:カラマ)を再び傷つけることは、太平洋の人々に対する侮辱だ」と声明を出した[https://protectpih.com/coalition-opposes-u-s-military-rocket-cargo-testing-at-kalama-johnston-atoll/]。
PIHCはChange.org[https://www.change.org/p/protect-kalama-johnston-atoll-stop-the-us-military-cargo-rocket-testing]での署名活動を開始し、多くの市民から支持を集めた。
また、生物多様性センターは、環境評価に関する記録が公開されていないことを理由に、法的措置にも踏み切っていた。
米空軍が計画を「一時保留」、再開の可能性は低い
こうした反対の声を受け、米空軍は2025年6月、ジョンストン環礁でのロケット実験が自然環境にどのような影響を与えるかを調べる事前調査(環境アセスメント)の準備をいったん保留すると発表した。
空軍は今後、ミッドウェー島、ウェーク島、クェゼリン環礁など他の候補地を検討するとしており、ジョンストン環礁が再び計画に含まれる可能性は限りなく低いとみられている。
市民の声が未来を動かす
PIHCのシェイラ・サランギ氏は、「今回の決定は、声をあげた市民一人ひとりの力による勝利だ」と語った。
カラマ(ジョンストン環礁)は、すでに核と化学兵器で十分に傷つけられてきた。これ以上の破壊を許さなかったことは、太平洋の人々にとって大きな希望だ(シェイラ・サランギ氏)
ジョンストン環礁は、かつての軍事利用による甚大な被害を乗り越え、今では再生と保護の象徴となっている。
今回の決定は、自然と文化の回復を願う人々の声が、国家レベルの政策を動かし得ることを証明した出来事である。
References: Pacific island wildlife refuge spared from SpaceX rocket project[https://www.popsci.com/environment/spacex-johnston-atoll/] / US Air Force cancels plans to build Starship landing pads on island bird sanctuary[https://www.space.com/space-exploration/launches-spacecraft/u-s-air-force-cancels-plans-to-build-starship-landing-pads-on-island-bird-sanctuary]
本記事は、海外の記事を基に、日本の読者向けに独自の視点で情報を再整理・編集しています。