
2025年7月9日、世界最高齢と言われたアジアゾウが、インドの保護区で100歳を超える生涯を閉じた。
このゾウは名前を「ヴァツァラ」といい、インド中部のマディヤ・プラデーシュ州にあるパンナ・タイガー保護区[https://forest.mponline.gov.in/eBrochure/eBrochureDetails.aspx?parkid=3]で暮らしていた。
彼女がアジアでは最高齢のゾウであったことはほぼ間違いないとされていたが、年齢を証明する正式な書類がなかったため、ギネス世界記録に認定されることはなかったのだそうだ。
インドでほぼ1世紀を生きた「ヴァツァラ」
7月8日、ヴァツァラは保護区内で穴に落ち、動けなくなってしまった。職員や獣医師たちの懸命の努力にもかかわらず、彼女が再び自分の足で起き上がることはなかった。
インド森林局のアヌパム・シャルマ氏は、自身のXへの投稿で、以下のような追悼のメッセージを述べている。
深い悲しみとともに、私たちはパンナ・タイガー保護区の100歳を超えるゾウの女族長ヴァツァラに別れを告げます。その穏やかな存在は、出会ったすべての人々に畏敬の念を抱かせました。
数えきれないほどの救助活動への貢献、そして多くの子ゾウたちを育んでくれたことに心から感謝します。あなたの遺産はこれからも生き続けます
ヴァツァラは南インドのケーララ州の緑豊かな森で生まれ、幼少期は丸太運びの仕事で過ごしたと伝えられている。
1972年にマディヤ・プラデーシュ州に移送された時には、既に50歳を超えていたとされ、1993年に終の棲家となるパンナ・タイガー保護区に移された。
初めて彼女の名前を読んだとき、ヴァツァラは瞬きさえしませんでした。彼女は南インドの言葉(マラヤーラム語)しか理解できなかったんです。
私はヒンディー語とゴンディー語を話していたので、私たちはまるで違う世界から来た生き物同士のようでした。
当時から30年にわたって彼女に世話をし続けた、ゾウ使いのマニラム・ゴンド氏は、保護されて来たばかりのヴァツァラの様子をこう語る。
その後ゆっくりと時間をかけて、ヴァツァラはゴンド氏の口調や触れ方を理解するようになった。
毎日一緒に過ごすうちに、言葉はわからなくても、お互いの気持ちが通じ合えるようになっっていったのだ。
穏やかな性格の「みんなのおばあちゃん」
ヴァツァラは温厚な性格で知られており、保護区に見学にやって来た子供たちが彼女の周りを走り回っても、決して怒ったり動いたりしなかった。「まるで本当のおばあちゃんのようだった」とゴンド氏は言う。
また、彼女は保護区にいるゾウの子供たちの世話役を買って出ていた。多くの人は、彼女を「ダディ」という愛称で呼んでいたそうだ。
彼女は子ゾウたちの面倒を見ていました。彼らを導き、守っていたんです。でも、オスのゾウには決して近づかないようにしていました
実はヴァツァラは、その生涯で一度も交尾をしたことがなかったらしい。2003年と2008年に、保護区にいたラン・バハドゥールというオスのゾウが彼女を襲った。
ラン・バハドゥールは彼女と交尾をしたがったのだが、ヴァツァラは決して受け入れようとしなかったという。
拒絶されたラン・バハドゥールは攻撃的になり、彼女の腹部が裂けるほどのケガを負わせた。全治9カ月の重傷だった。
それ以来、ヴァツァラは体調を崩すことが多くなった。白内障を患い、視力もほとんど失ってしまった。
以来年齢を重ね、みんなのおばあちゃんとして親しまれてきた彼女だが、悲しいことに2025年7月8日、エレファントキャンプの付近の穴に落ちて動けなくなり、翌日の午後1時30分そのまま息を引き取った。
ギネス世界記録に認められることはなかったが…
ヴァツァラの年齢はおそらく105~110歳前後だと推定されていたが、ギネス世界記録に登録されることはなかった。
正式なギネス世界記録として認められるためには、公式に年齢を証明する書類が欠かせない。
彼女の幼少期の正式な記録や、捕獲当時の獣医による文書がなかったため、ギネスの厳格な基準を満たすことができませんでした。
あとほんの一歩のところまで行っていたのですが、そのたった1枚の証明書だけがなかったのです
ある職員は、このように悔しさをにじませる。パンナ・タイガー保護区では、牙のサンプルを分析することでヴァツァラの正確な年齢を特定し、ギネス世界記録に申請しようとしていたのだ。
その矢先の彼女の死で、ヴァツァラの年齢が公式な記録として残される機会はなくなった。
マディヤ・プラデーシュ州の野生生物担当APCCF(主席主席保護官)、L・クリシュナムルティ氏は次のように説明する。
ゾウの正確な年齢を科学的に調べるための、法医学的なシステムは存在しないのです。それでも、ヴァツァラは永遠に記憶されることでしょう
公式な記録がある中で、最高齢の記録を持つゾウは、インドで2019年に死亡したチャンガルール・カクシャヤニの89歳とされている。
ヴァツァラは一説には109歳だったとも言われており、これが本当なら間違いなく世界最高齢だったことになる。
ちなみに日本にいる最高齢のゾウは、多摩動物公園にいる「アヌーラ」で、2025年1月1日に推定72歳を迎えたそうだ。
References: At Over 100 Years Of Age, The World's Oldest Elephant Passes Away In India[https://www.iflscience.com/at-over-100-years-of-age-the-worlds-oldest-elephant-passes-away-in-india-79984] / Farewell Elephant Vatsala: A Century Of Grace Ends In Panna Tiger Reserve[https://www.ndtv.com/india-news/more-than-an-elephant-vatsalas-century-of-grace-ends-in-panna-tiger-reserve-8849927]
本記事は、海外の記事を参考にし、日本の読者向けに独自の考察を加えて再構成しています。