
近年、母乳をインターネット上で販売する女性たちが増えているという。購入者は子育て中の親だけでない。
だが、多くの取引はSNSや掲示板を通じて個人間で行われており、保存状態や衛生管理の不備による感染リスクも指摘されている。
そもそも、母乳がボディビルディングに役立つかどうかについては科学的根拠が乏しく、専門家の間では安易な売買に警鐘を鳴らす声が上がっている。
ボディビルダーへの母乳の販売がサイドビジネスに
アトランタ出身の31歳のNICU(新生児集中治療室)看護師、キーラ・ウィリアムズさんは、ボディビルダー向けに自分の母乳を販売することで、予想外の収入を手にしている。
彼女は2025年5月にFacebookグループを通じて母乳の販売を始めた。7月の時点で、これまでに約100l以上の母乳を販売し、1日に800ドル(約12万円)を稼いだこともあったという。
彼女の顧客の多くは、自分の子供のために母乳を求める母親ではなく、成人男性のボディビルダーたちなんだそうだ。
母親向けには1oz(オンス、約30ml)あたり50セント(約73円)で販売しているが、ボディビルダー向けはその4倍の2ドル(約293円)で販売しているとのこと。
ただし、キーラさんは成人男性への販売には慎重で、本気でトレーニングに取り組んでいるボディビルダーから、SNSを通じて問い合わせを受け付けている。
中には「個人的なこと」を要求して来る男性もいるため、少しでも「怪しい」「不快」と感じた相手とは、絶対に取引しないことにしているんだとか。
「寄付」よりも「販売」を選ぶ理由
また、ニコール・ハワードさんは母乳を売って、なんと約1万ドル(約146万円)を稼いだという。
下の動画は、約30kg分の母乳の発送準備をするニコールさん。
Facebookでは1ozあたり1ドル(約146円)、州外への発送は1.50ドル(約220円)、大口購入(500oz=約15l以上)のクライアントには75セント(約110円)で販売しています。
必要としている赤ちゃんに栄養を届けられること、そして自分自身の身体から得た収入で生活を支えられることが、本当にうれしいんです
ニコールさんはこう語る。
彼女の顧客は、主に子供のために母乳を欲しがっている母親たちだというが、最初のうちは無料で寄付をしていたという。
それが販売というビジネスに転じたのは、ニコールさん自身、いろいろと思うことがあったかららしい。
「えっ、売ってるの?」って思ったでしょ? ええ、そうなの。母乳を保存する袋代もバカにならないのよ。
これまで寄付していた相手の中には、袋代を出すと申し出ておきながら実際には払ってくれなかったり、忘れたままだったりする人がいるの。
最近は、母乳を寄付することに対して気持ちが折れそうになっています。「ありがとう」のひと言すら言ってくれない人が何人もいたわ。
別の人からは「赤ちゃんのお腹にガスがたまるから、あなたの食生活を変えてほしい」なんて言われたこともあった。
でもその後で、その人は「母乳と粉ミルクを混ぜていた」って教えてくれたの。それじゃあガスが出るのも当然よね。
授乳や搾乳の経験がある人ならわかると思うけど、どれだけの時間と労力、体力がいるかってこと。本当に大変なのよ
ボディビルダーの間に広がる「母乳信仰」
母乳はその栄養価の高さから、新型コロナウイルスによるパンデミックの最中に、一種のスーパーフードとして注目されるようになったという。
特にボディビルダーの間では、筋肉増強に母乳が効く!との話が広まって、何とかして母乳を手に入れようとする人が増えているのだそうだ。
中にはカンボジアなど、価格の安い海外から輸入しているケースもあるらしく、その安全性を疑問視する声も少なくない。
だからこそ、国内の「顔の見える」相手の母乳を…という需要が増えているのだろうが、本当に母乳は成人のボディビルダーにとって有用なのだろうか。
ニューヨークのフィットネス専門家、クリス・ライアン氏は次のように語っている。
栄養成分表示を見てみると、成人男性にとって(母乳の)タンパク質の量はそれほど多くはありません。
厳密には、大人が母乳を飲むことについての研究は行われていませんが、「自然界」がすでに答えを出しています。
子どもはやがて母乳を卒業しますよね。野生動物が、大人になってから母親の乳を吸いに戻るなんてことはまずありません。
アクティブな成人男性には、もっと良い選択肢がたくさんあります。良質なたんぱく源を探しているなら、グラスフェッド(牧草飼育)のホエイプロテインを買えばいいんです
それでも「母乳には筋肉増強に役立つ成長因子が含まれている」と主張する人々も後を絶たない。しかしライアン氏はその主張を切って捨てる。
結果を出すためには、そんな成長因子は必要ありません。
母乳を飲み続けるのではなく、ウエイトを追加して負荷を増やすなど、トレーニングにおいて本当に効果が出ることに集中すべきです
ネットでは「私もやりたい!」という声も
この「ビジネス」を知ったネットユーザーからは、賛否両論の意見が寄せられている。
- 週100ドルなんて割に合わない。搾乳ってマジで生気吸われるのよ
- どうやら30mlあたり5ドル(約730円)くらい払うアスリートやボディビルダーもいるらしいよ
- 私は冷凍していた母乳を友人たちに無料であげてたわ。1人は冷凍庫の半分の量をただで持って行った。今度から私も売ろうかしら
- 母乳バンクに申請したけど、量が足りないってことで断られたわ。それでも4か月も経たずに冷凍庫2つがパンパンになっちゃった。保存バッグのお金もかかるし、搾乳しては捨ててる状態
- 捨てないで! 引き取ってくれる病院があるよ!
- 母乳を寄付して、使った保存バッグ代を相手に負担してもらえばいいよ
- 私も売ろうか悩んだけど、地元の小児科医院に寄付することにした。売るのは面倒だし、NICUにいる赤ちゃんの方がもっと必要としていると思ったから
- 私はNICUに供給している会社に売ってるよ
- こんなことができるなんて知らなかった! 3人の子供を育てたけど母乳が出過ぎて困ってたのに
- 寄付しようと思ったけど、器具の洗浄とか、パッキングの工程とか消毒とか、めちゃくちゃ厳しいのよね
- 私は母乳が出ないので、子供のために母乳を購入しています。売ってくださるみなさんは、私にとって本当にありがたい存在です
- 赤ちゃんに有害な細菌が入っていたり、麻薬中毒者やHIV感染者だったりする可能性もあるから気をつけて
本当に必要な赤ちゃんのための「母乳バンク」という選択肢
そもそも、素人が搾乳・保存・発送した母乳に、どこまで安全面での信頼がおけるだろうか。
その女性の健康状態や、搾乳時の衛生環境、保存状態など、購入者側は知る由もない。本人が知らないうちに、感染症やHIVに感染している可能性もあるのだ。
2015年にはSNSを通じた母乳の販売が世界的に広がったことを受け、厚生労働省[https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10901000-Kenkoukyoku-Soumuka/0000099181.pdf]・消費者庁[https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10901000-Kenkoukyoku-Soumuka/0000099182.pdf]が注意喚起を促す文書を出している。
既往歴や搾乳方法、保管方法等の衛生管理の状況が不明な第三者の母乳を乳幼児が摂取することは、病原体や医薬品等の化学物質等が母乳中に存在していた場合、これらに暴露するリスクや衛生面でのリスクがあります
当時、国内で売られている母乳の成分をチェックした専門家は、雑菌が非常に多く含まれていただけでなく、母乳には本来含まれていない成分が検出されたことを明らかにしている。
ちなみに日本では20年以上前から、某オークションサイトなどで母乳が売られていて問題になっていた記憶がある。
自分の子供に飲ませるために、こんな風にネットで売られている母乳を求めるケースもあったのかもしれないが、多くはそういった「嗜好」を持つ成人男性をターゲットとしたものだったと思う。
現在もちらほらとSNSなどで流通しているようで、「#母乳売ります」といったハッシュタグで検索するとヒットしたりする。
とは言え、母乳がたくさん出過ぎてしまい、冷凍していても使いきれず、やむなく廃棄している人がいるのも事実だ。
その一方で、母乳で育てたくても出が悪かったり、病気の治療中だったり、そのほか様々な理由で母乳育児ができないママたちもいる。
現在、多くの国では「母乳バンク」と呼ばれる団体が活動しており、医療機関を通じて寄付された母乳を低温殺菌処理した上で、必要としている赤ちゃんに提供しているそうだ。
日本では「一般社団法人・母乳バンク協会[https://jhmba.or.jp/]」が窓口になっている。ただし、母乳バンクに登録するには厳しいチェックをパスしなければならない。
逆に言えば、チェックもなしに流通している母乳の安全性には、疑ってしかるべきではないだろうか。
References: Moms making thousands of dollars selling breast milk to serious bodybuilders[https://local12.com/news/nation-world/moms-making-thousands-of-dollars-selling-breast-milk-to-bodybuilders-cincinnati-stockpile-online-unusual-side-hustles-money-making-ventures-gym-bros-certified-products-internet-calcium-antibodies-social-media-viral-anabolic-natural-supplements-science?utm_source=chatgpt.com]
本記事は、海外メディアの記事を参考に、日本の読者に適した形で補足を加えて再編集しています。