
1995年、アメリカのイエローストーン国立公園にオオカミが再導入された。この取り組みは、草食動物の食害によって崩れた生態系の回復を目的としたものだ。
導入から間もなく、生態系には目に見える変化が現れ始めたが、今回の新たな研究により、80年もの間ほとんど成長できなかったヤナギ科の落葉樹「ヤマナラシ」の若木が、高く育ち始めていることが確認された。
これは、生態系のバランスが捕食者によって回復しつつあることを示す貴重な証拠であり、自然再生の一つのモデルケースとして注目されている。
この研究は『Forest Ecology and Management[http://dx.doi.org/10.1016/j.foreco.2025.122941]』誌(2025年7月23日付)に掲載された
オオカミがいなくなり崩壊した生態系
20世紀初頭まで、イエローストーン国立公園ではオオカミ(ハイイロオオカミ:Canis lupus)が広く生息していた。
しかし、生息地の消失、人間による狩猟、そして政府による駆除政策によって、1930年ごろまでに完全に姿を消した。
オオカミという頂点捕食者がいなくなったことで、ワピチ(アメリカアカシカ:Cervus canadensis)の個体数は急増した。
ワピチはシカ科の大型草食動物で、北米の森林や草原に広く分布している。ピーク時には約1万8000頭ものワピチが生息していたとされ、草や低木にとどまらず、木の葉、枝、樹皮にまで食害を及ぼすようになった。
特に影響を受けたのが、ヤナギ科の落葉樹、アメリカヤマナラシ(Populus tremuloides)である。
風に揺れると葉が小刻みに震えることから「クエイキング・アスペン(震えるアスペン)」とも呼ばれている。
このヤマナラシは、日当たりの良い場所に群生し、多様な動植物の生息地を提供する重要な樹種だが、ワピチによる食害のため若木が育たず、1990年代の調査では、ほとんどの林床に新たな成木が確認されなかった。
オオカミの復活により、80年ぶりにヤマナラシが成長
1995年、イエローストーンにオオカミが再導入されると、ただちにワピチの行動と個体数に変化が現れた。
ワピチは常にオオカミの存在を警戒するようになり、移動のパターンや採食の仕方にも変化が生じた。やがて個体数は減少し、現在では約2000頭ほどにまで落ち着いている。
その結果、かつては育たなかったヤマナラシの若木が再び成長し始めた。
オレゴン州立大学の生態学者ルーク・ペインター氏らが行った最新の調査では、2012年に調査された3つのエリアのうち2か所で、胸の高さで幹の直径が5cm以上ある若木が確認された。これほど高く育った若いヤマナラシは、1940年代以降初めてのことであるという。
調査対象となった87か所のヤマナラシ林のうち、約3分の1では広範囲に若木が見られ、さらに別の3分の1では、成長した若木が部分的に群生している様子が確認された。
ペインター氏は「新しい世代の成長をこのように明確に観察できたのは初めてです」と語る。
オオカミ再導入から30年、生態系が健全な状態に
ヤマナラシがある程度まで成長すると、地下茎から新たな芽を広範囲に出すことができ、森全体が拡大していく。また、種子による繁殖も可能で、周囲の環境に大きな影響を与える樹種である。
ヤマナラシの森の回復は、他の多くの生物にも恩恵を与えている。日差しが入りやすい森は、ベリー類の低木や草花を育て、昆虫や鳥類、さらにビーバーなどの哺乳類にとっても重要な生息環境となる。
ビーバーにとってヤマナラシは食料であり、巣の材料にも使われる重要な木だ。
水辺ではヤナギやカワヤナギとともに、湿地帯の生態系を支える存在となっている。
さらに、オオカミの再導入以降、クマやピューマなど他の大型肉食動物の個体数も増加している兆候があるが、これについてはまだ明確な因果関係は示されていない。
とはいえ、これらの肉食動物の増加は、上位捕食者が存在することで生態系全体のバランスが整い、多様な種が共存しやすくなることを示す一つの兆候と考えられている。
捕食圧が複数方向からかかることで、草食動物の行動や数が適切に調整され、植物の再生や動物間の競争関係にも良い影響を及ぼすとされている。
新たな課題も
一方で、新たな課題もある。
近年、公園内の一部地域ではバイソンの個体数が増えており、ワピチに代わってヤマナラシの若木に影響を与える可能性がある。
バイソンは体重が800kgを超えることもある大型草食動物で、群れで行動し仲間同士で外敵を防ぐため、オオカミにとっては狩るのが難しい存在だ。
そのため、捕食による自然な調整が効きにくく、その動向が今後の森の再生に影響を及ぼすかもしれない。
だが今回の研究は、捕食者の再導入が生態系にどのような影響をもたらすかを示す好例であり、人間の手で崩れた自然を回復させる可能性を示している。
イエローストーンで進む森の再生は、世界の自然保護の取り組みにも大きな示唆を与えている。
References: Return of wolves to Yellowstone has led to a surge in aspen trees unseen for 80 years[https://www.livescience.com/animals/land-mammals/return-of-wolves-to-yellowstone-has-led-to-a-surge-in-aspen-trees-unseen-for-80-years]
本記事は、海外の情報をもとに、日本の読者向けにわかりやすく再構成し、独自の視点で編集したものです。