
道具を使うことができるのは人間だけではない。霊長類はもちろん、カラスや魚まで道具を使う様子が観察されている。
オーストラリアの一部のイルカは、クチバシ(吻)にスポンジ状の海綿をくっつけて、それを道具として使って狩りをする。
この珍しい狩りの技術は母から子へと代々受け継がれるもので、実際に使いこなすには長い訓練と熟練が必要だという。
2025年7月16日付で『Royal Society Open Science[https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rsos.241900]』誌に掲載された論文により、その狩りの「文化」の構造や継承の謎の一端が解き明かされることとなった。
海綿を装着して狩りをするバンドウイルカ
オーストラリア大陸の西岸、西オーストラリア州のシャーク湾に生息しているバンドウイルカは、クチバシ(吻)に海綿(スポンジ)を乗せて狩りをすることが知られている。
この狩りの方法は「スポンジング」と呼ばれており、ターゲットとなるのはトラギスの仲間などの底生魚だ。この魚たちは浮袋を持たず、ふだんは海底に穴を掘って隠れている。
イルカは海底を掘り起こし、砂の中に隠れている魚を捕らえて食べるのだが、その際、砂の中の岩やサンゴなどが顔に当たる、とケガをしてしまう恐れがある。
そこでピエロがつけている赤い鼻のように、海綿をまるでフェイスガードのように装備した上で、海底に鼻先を突っ込んでかき回し、驚いた魚が砂から飛び出してくると、海綿を捨てて追いかけ捕まえるのだ。
わずか5%のイルカだけが持つ特殊技術
シャークベイに生息するバンドウイルカのうち、このスポンジングを行うのはわずか5%、30頭ほどにすぎないという。
実はこの狩りの方法自体は、以前から知られていた。
だが研究者の間では、海綿を顔に被ることで、イルカの持つエコーロケーション(反響定位)能力が阻害されてしまうのではないかと推測されていた。
なぜイルカたちは、エコーロケーションの優位性を捨ててまで、海綿を被って狩りをするのか?
また、この「文化」は母から娘へと伝えられることはわかっていたが、なぜ同じエリアに住むイルカ全員ではなく、ほんの一部だけが行うのかも謎だった。
今回の研究では、スポンジングは全てのイルカたちにとって非常に有利な狩りの方法だとは言えないものの、条件が合った場合には、ニッチな戦術としてかなり有効だということが判明したのだ。
海綿を被っていてもエコーロケーションは行える
イルカは通常、エコーロケーションという能力を使って、獲物の位置を正確に把握する。
シャーク湾のイルカたちは、なぜわざわざこの優れた能力を封印するような真似をするのだろうか。
そしてなぜ一部のイルカたちだけがスポンジングを行うのか。この2点は研究者たちの間でもずっと謎のままだった。
今回の論文の共著者で、デンマークのオーフス大学に所属する海洋生物学者、エレン・ローズ・ジェイコブズ博士は、次のように説明する。
スポンジには、ちょうどマスクのように音を和らげる効果があります。視界が少し変になるような感覚ですが、それでも補正して使いこなすことは可能なんです
つまり海綿はある程度エコロケーションに使われる超音波を弱めるが、完全には遮断しないことがわかったのだ。
スポンジングは一般的な狩りよりも、エネルギー効率という面ではかなり劣るやり方である。
だがその反面、深い海底に隠れた魚しか獲物がいない時期などは、スポンジングができる個体に有利に働くというわけだ。
また、海綿が音を拡散してしまう事実も確認されたが、イルカたちはそれに適応し、エコーロケーションを補正できることもわかった。
ジェイコブズ博士らは、水中マイクを使ってスポンジングを行っているイルカたちがエコーロケーションを行っていることを確認した。
とはいえ、このスキルを身に着けるにはかなり高度な訓練が必要だと推定されている。
シャークベイのイルカたちも、この期間に生きていくのに必要なスキルの一つとして、スポンジングの技術を習得するのかもしれない。
References: Royalsocietypublishing[https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rsos.241900] / Some Australian dolphins use sponges to hunt fish, but it's harder than it looks[https://phys.org/news/2025-07-australian-dolphins-sponges-fish-harder.html]
本記事は、海外の記事を基に、日本の読者向けに独自の視点で情報を再整理・編集しています。