4400年前の粘土板の解読に成功、知恵のあるキツネが神を救うシュメール神話の物語
Jane Matuszak in <a href="https://www.cambridge.org/core/journals/iraq/article/of-captive-storm-gods-and-cunning-foxes-new-insights-into-early-sumerian-mythology-with-an-edition-of-ni-12501/391CFC6A9361C23A0E7AF159F565A911" target="_blank" rel="noreferrer noopener">Matuszak 2025</a>/Iraq Journal, CUP

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 約4400年前、古代メソポタミア南部の都市国家ニップールで作られたシュメール文明時代の粘土板に、新たな神話の物語が記されていたことがわかった。

 この粘土板は破損がひどく、長いあいだ研究されることはなかった。

 しかし最近の再調査によって、そこに刻まれていたのがは、冥界にとらわれた嵐の神「イシュクル(Ishkur)」を救うため、たった一匹のキツネが知恵と勇気で挑む物語だったことが明らかになった。

この研究成果は2025年、学術誌『journalIraq[https://www.cambridge.org/core/journals/iraq/article/of-captive-storm-gods-and-cunning-foxes-new-insights-into-early-sumerian-mythology-with-an-edition-of-ni-12501/391CFC6A9361C23A0E7AF159F565A911#figures]』に掲載された。

シュメールとは?

 シュメールは、紀元前3000年ごろから紀元前2000年ごろにかけて古代メソポタミア南部地域の中でも特に南部、現在のイラク南部地方にあたる一帯に住んでいた人々や地域のことだ。彼らが築いた都市国家や文字、法律、神話などを含む高度な文化全体を「シュメール文明」と呼んでいる。

 シュメール文明は、現時点で確認されている中では世界最古の文字「楔形(くさびがた)文字」を使用し、王や神を中心とした社会を築いた。

 農業、天文、建築、信仰などの分野で多くの成果を残し、のちのバビロニアやアッシリアなどの文明にも大きな影響を与えた。

 その中で生まれたのが「シュメール神話」である。太陽、風、川、嵐など自然の力を神として敬い、雨の有無や季節の変化、災害の原因を物語として語り継ぐことで、世界の仕組みを理解しようとしたのが特徴だ。

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発見から長らく放置されていた粘土板「Ni 12501」

 19世紀、イラク南部に位置するシュメールの古代都市ニップールでは、神殿や倉庫、行政機関の跡から2万枚以上の粘土板が出土している。

 ニップールは、風の神エンリルを祀る神殿が置かれていたシュメールの宗教都市で、当時の政治や宗教の中心でもあった。

 粘土板の多くは税の記録や契約書、教育用の練習文などで、神話や文学に関するものはごく一部しかなかった。

 「Ni 12501」はその中の一枚だが、粘土がひどく欠け、表面も崩れていたため、長年にわたって何が書かれているのかほとんど注目されなかった。

 1956年にアッシリア学者サミュエル・ノア・クレイマー博士が簡単に紹介したものの、読み解かれることなく収蔵庫に眠り続けていた。

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粘土板の解読に成功

 2025年、アメリカ・シカゴ大学のシュメール語研究者ヤナ・マトゥシャク博士は、この粘土板「Ni 12501」の解読を試みた。

 博士は読める部分を丁寧に再解読し、他の神話文書との比較も行いながら、この粘土板に新たな神話の断片が記されていることが判明した。

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知恵のあるキツネが神を救う物語だった

 「Ni 12501」に書かれていたのは知恵のあるキツネが1匹だけで嵐と雨の神「イシュクル(Ishkur)」を救おうとする物語だった。

イシュクルは、メソポタミアで雨を司る自然神として重要な存在であり、後のアッカド語では「アダド(Adad)」とも呼ばれていた。

 粘土板の物語では、イシュクルが家畜とともに冥界(シュメール語で「クル」)に連れ去られてしまう。

 イシュクルが姿を消すと、地上で異常が起きる。

 干ばつが続き、子どもが生まれてもすぐに命を落としてしまうなど、生命の循環が止まってしまった。

 これは、神の不在による自然の混乱を象徴していると考えられる。

 風と大気をつかさどる神で、シュメール神話において最も権威のある存在とされる神々の王「エンリル」は、他の神々を集めて「誰かイシュクルを助けに行ける者はいないか」と問いかける。

 だが、誰一人として名乗り出ない。冥界は神にとっても恐ろしい場所であり、戻ってこられる保証はなかったからだ。

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 その中で、1匹のキツネが名乗りを上げた。

 実はキツネは、冥界にはある条件があることを知っていた。その条件とは、冥界に到着したらまず、そこで必ず与えられる「水とパンを受け取って摂取する」というものだった。

 これは、冥界に入る者が死者として正式に認められるための儀式的な行為であり、冥界で差し出されたものを食べたり飲んだりすることで、生者でなくなることを意味していた。

 だが冥界に潜入し、イシュクルを救出して再び戻る任務があるキツネは、生者のままでいなければならなかった。

 そこで冥界に着いたキツネは、その水とパンを受け取っても、決して口にはしなかった。代わりに水は水袋に、パンは袋にしまい、見かけ上は条件を満たしたように見せかけたのだ。

 これによって、冥界の掟には表向き従いながら、自らが死者になることは避けたのである。

 この策略は、冥界という絶対的な境界を越えるための、高度な知恵と状況判断力を示している。

 キツネは、神々が尻込みする中で、唯一この方法で冥界への潜入に成功した。

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小さな存在が、神を救うという物語の力

 この物語ではキツネが重要な役割を果たしている。これは、「知恵が力に勝つ」「意外な存在が神を救う」という物語の構造に基づいて配置されたキャラクターと考えられる。

 今回読み解かれた物語には、誰もが手を出せない困難な状況で、キツネが立ち上がり、その状況を打開しようとするという構図が描かれている。

 冥界に囚われた嵐の神を助けに向かうのは、力ある神々ではなく、一匹のちっぽけなキツネだったのだ。

  残念ながら、粘土板の文字は途中で途切れており、キツネがイシュクルを本当に助け出せたのかどうかは記されていない。それでもこの物語には、重要なテーマが込められていたのだ。

 知恵が力に打ち勝ち、小さき者が大いなる者を凌駕するというこの物語のパターンは、ギリシャ神話や北欧神話、現代の物語にも通じている。

語り継がれた物語から見えるもの

 この粘土板「Ni 12501」は、紀元前2400年ごろ、シュメールの都市国家がそれぞれに政治的な独立を保ちながらも、共通の文化・宗教・言語的伝統を共有していた「初期王朝時代IIIb期」に作られたものとされる。

 当時の都市国家にはそれぞれ守護神がいたが、エンリルのような主要な神々はシュメール全域で信仰されており、このような物語が広く語り継がれていく土壌があった。

 「Ni 12501」の物語は、現時点ではこの一枚の粘土板にしか記録されておらず、イシュクルが主役として描かれる唯一の物語でもある。

 だがその内容は、後のメソポタミア文学や神話にも影響を与えていると考えられている。

 この物語には、農業と水に深く依存していたシュメール社会ならではの視点も見て取れる。

 雨の神であるイシュクルの不在が干ばつと飢餓をもたらし、それを救うために神々の力を超えた行動が必要になるという筋書きは、自然と人間の命運が神々の動向に結びついているという、古代の宗教観と生存のリアリズムを同時に描いている。

 また、物語に登場する冥界「クル」は、ただの死後の世界ではなく、掟と手続きが存在する統治された空間として描かれている。

 キツネがその掟のすき間を突いて冥界に入り込むという展開は、後の『ギルガメシュ叙事詩』などにも影響を与えたとされている。

 マトゥシャク博士は、今回の発見をきっかけに、今も未解読のまま残されている粘土板の調査と解読を進めるべきだと訴えている。

 物語の全容は今も不明だが、今後の発掘や研究によって、この物語の続きや、関連する神話の断片が見つかる可能性は十分にある。

 4400年前の小さな粘土板に刻まれたキツネの知恵と勇気の物語は、今もなお、古代の人々の想像力と信仰の豊かさを私たちに伝えてくれている。

References: OF CAPTIVE STORM GODS AND CUNNING FOXES: NEW INSIGHTS INTO EARLY SUMERIAN MYTHOLOGY, WITH AN EDITION OF NI 12501[https://www.cambridge.org/core/journals/iraq/article/of-captive-storm-gods-and-cunning-foxes-new-insights-into-early-sumerian-mythology-with-an-edition-of-ni-12501/391CFC6A9361C23A0E7AF159F565A911] / Study translates fragmentary ancient Sumerian myth around 4,400 years old[https://phys.org/news/2025-07-fragmentary-ancient-sumerian-myth-years.html] / 4,400-Year-Old Sumerian Myth of Captive Storm God and Cunning Fox Finally Decoded[https://www.ancient-origins.net/news-history-archaeology/sumerian-mythology-tablet-0022290]

本記事は、海外で公開された情報の中から重要なポイントを抽出し、日本の読者向けに編集したものです。

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