世界最古のソリ犬、グリーンランド・ドッグのDNAが明かす、人類が北極圏に到達した歴史

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 グリーンランドの先住民によって、長きにわたり北極圏での生活に適応するように改良されてきた「グリーンランド・ドッグ」は犬ぞり用の犬種で、グリーンランド語では「キメク(Qimmeq)」と呼ばれている。

 キメクは、当時の狩猟採集社会において、犬ぞりを引いて狩猟場へ行くために不可欠な存在であった。

 アメリカ国立衛生研究所(NIH)などの国際研究チームが発表した最新の研究によると、キメクは世界最古のそり犬であるだけでなく、世界最古の犬種である可能性が明らかになった。

 イヌイットの狩猟文化を共にしてきたこの犬のDNAは、まるでタイムカプセルのように1000年前からほとんど変わることなく、脈々と受け継がれてきた。

 しかもその遺伝子は彼らの過去にとどまらず、人類がシベリアからカナダをわたり、グリーンランドへと到達した、北極圏の壮大な旅路の歴史をも伝えている。

 この研究は『Science[https://www.science.org/doi/10.1126/science.adu1990]』(2025年7月10日付)に掲載された。

北極圏でイヌイットとともに生きてきた最古の犬種

 起源が9500年前に遡るというグリーンランドドッグ[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%89%E3%83%83%E3%82%B0]、現地語で「キメク(Qimmeq)」は、過酷な北極の地で、イヌイットたちが暮らしに役立てるために育ててきた特別な犬だ。

 彼らの仕事は、そりを引きながら雪原を駆け、氷の下に潜むアザラシを嗅ぎ当てること。そうやって1000年もの間、イヌイットたちと協力しながら、凍てついた大地を生き抜いてきた。

 アメリカ国立衛生研究所やグリーンランド大学を中心とする国際チームによる今回の研究では、計92頭のキメクのDNAを解析し、1900以上の他の犬のゲノムと比較している。

 解析されたDNAには、生きている個体のものだけでなく、古い遺跡や犬の毛皮で作られた伝統衣装から採取された古いものも含まれている。

 その結果、キメクは遺伝的にほとんど変わらぬまま、1000年近く前の特徴がそのまま保存されていることが分かったのだ。

 論文の筆頭著者である、アメリカ国立衛生研究所の古代遺伝学者タチアナ・フォイヤーボーン氏によると、キメクは知られている中で最古のそり犬であるだけでなく、すべての犬種の中でも最古かもしれないという。

 アラスカン・ハスキーのような現代のそり犬を含め、ほとんどの犬種は他の犬種と交配されてきた。

 ところがキメクは遺伝的な独立性をずっと守り続けてきたのだ。

 「この犬たちは、1000年以上にわたって、同じ人々と共に、同じ仕事をやり続けてきました。それこそが彼らを特別な存在にしているのです」と、フォイヤーボーン氏は語る。

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最古のソリ犬の遺伝子が語る人類の足跡

 キメクのDNAが語るのは、この素晴らしい犬についてだけではない。

 なんとそれは、私たち人類の移住の歴史についても語ってくれる。イヌイットに伴われて北極圏を移動したその足跡が、キメクの遺伝子に残されているのだ。

 今回の研究では、グリーンランド・アラスカ・シベリアといった各地の犬の遺伝子の比較を通じて、イヌイットのグリーンランド到達が従来の説よりも200年早かった可能性を明らかにしている。

 それが示唆しているのは、イヌイットは、シベリアからアラスカへ渡り、カナダを横断して、800~1200年前にグリーンランドに到達したということだ。

 なんと、あのヴァイキング(ノース人)より先だった可能性すらあるという。

 また、キメクのDNAは、グリーンランド内のイヌイットの定住パターンまでも映し出していた。

 キメクの遺伝子は、北部・西部・東部・北東部の4つの地域でそれぞれ独自のもので、それぞれが先住民コミュニティの分布と一致していたのだ。

 とりわけ北東部のキメクは、考古学的な記録がほとんど残っていない、ほとんど忘れさられた人々の存在をも示唆しているという。

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過去20年で半減したキメク

 キメクのDNAには、飢饉やウイルスの流行(ジステンパーや狂犬病)といった歴史的出来事の痕跡も残されていた。

 こうした苦難の時期には、個体数が激減し、近親交配も頻繁に行われるようになったが、それでも彼らは生き残った。

 フォイヤーボーン氏によれば、今日においてもキメクは「非常に健康的な犬」だという。

ただし、2002年には約2万5000頭いた個体数が、2020年には約1万3000頭まで減少している。

 その原因は、氷が解け、冬が短くなり、狩猟地が狭くなったこともあるが、スノーモービルの登場も大きい。そり犬の需要が減っただけでなく、機械に置き換えられつつあるのだ。

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オオカミともヨーロッパとも交わらなかった犬

 もう1つ興味深いのは、とある伝説が否定されたことだ。

 グリーンランドの人々の間では、キメクはオオカミと交わることで、より強靭な肉体を手にれたと伝えられているが、今回の分析ではそれが事実ではないことが明らかになっている。

 遺伝的に見て、キメクがほかの北極犬種よりオオカミと強いつながりがあるという証拠は特に得られなかった。

 これに関して、研究チームは、仮にオオカミとの交配が行われていたとしても、過酷な作業に耐えられず、結局は繁殖されなかったのだろうと推測している。

 また、18世紀にグリーンランドがデンマーク=ノルウェーによる植民地とされるなど、数世紀にわたるヨーロッパとの接触があったにもかかわらず、キメクのDNAにはほとんどその影響がないことも分かった。

 こうしたキメクの遺伝的な独立性は、とりわけ今日のようなグローバル化した世界では非常に珍しく、それが彼らの科学的・文化的な重要性をよりいっそう高いものにしている。

 キメクの遺伝子から明らかになった新事実は、数を減らしつつある彼らを守るうえでも、大切な重要な土台になるとのことだ。

References: Science[https://www.science.org/doi/10.1126/science.adu1990] / The Oldest Dog Breed’s DNA Reveals How Humans Conquered the Arctic — and You’ve Probably Never Heard of It[https://www.zmescience.com/science/worlds-oldest-dog-breed-dna/] / Oldest known dog breed reveals hidden human history[https://www.popsci.com/environment/greenland-sled-dog-oldest-dog-breed/]

本記事は、海外の情報をもとに、日本の読者向けにわかりやすく再構成し、独自の視点で編集したものです。

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