
かつてモンゴルの遊牧民たちは、小さな仏教の巻物「ダラニ」を大切に持ち運んでいた。外からは中身が見えないが、ドイツの研究チームが、3D X線技術とAIを駆使して傷つけることなく“読み解く”ことに成功した。
それらの巻物は1921年のモンゴル革命でほとんどが失われてしまったが、奇跡的に、ドイツのベルリン民族学博物館に収蔵されていたものである。
非常に繊細な紙で作られているため、これまで開封されることなく倉庫で保管されていたが、中に記されていたのは、古代から伝わる仏の教え、マントラ(真言)だった。
この研究は『Journal of Cultural Heritage[https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1296207425001190?via=ihub#abs0003]』(2025年6月27日付)に掲載された。
小さな巻物に込められた仏の教え
かつてのモンゴルの遊牧民たちは、自分たちで持ち運べるものしか所有しなかった。
この巻物「ダラニ(dharani:陀羅尼)」は、彼らが携帯していた「グンゲルヴァー(gungervaa)」と呼ばれる仏壇の中に納められていた。
グンゲルヴァーには、布製の花や小さな仏像などとともに、数本のダラニが丁寧に絹の袋に入れられていた。
それぞれの巻物は、高さ4.8cm、幅・奥行き1.8cmほどの小さなもので、中には長さ80cm以上の紙が50回以上も折りたたまれていた。
仏教の教えを守り、身近に置くために、このような形式で携帯できるよう工夫されていたと考えられている。
しかし、1921年のモンゴル革命で多くの仏教文化財は破壊され、この伝統もほとんど失われてしまった。
今回のグンゲルヴァーは、そうした時代の荒波をくぐり抜けて奇跡的に現存していたもので、1932年にドイツのベルリン民族学博物館に収蔵された。
とはいえ、グンゲルヴァーそのものは当初の形を保っておらず、保管のために分解された際に一部が破損し、さらに第二次世界大戦中に金箔の青銅像4点と小さな絵画1点が失われた。
それでも現在も20点以上の品が現存しており、黄絹の袋に収められたダラニが3点残されている。
最新技術でダラニの内部構造を可視化
ダラニは、長い紙に文字が記され、それが幾重にも折りたたまれた当時の形のまま保管されていたが、その素材は非常にデリケートで、物理的に開こうとすれば簡単に破損してしまう。
そのため、巻物が博物館に収蔵されてからも、長らく中身は不明のままだった。
今回、ベルリン民族学博物館とヘルムホルツ研究センターの研究チームは、「シンクロトロンX線トモグラフィー」と呼ばれる最新技術を使って、巻物の内部構造を非破壊で可視化することに挑んだ。
これは、硬X線を用いて物体の内部を立体的に再構成する技術で、もともとは工学や材料科学の分野で使用されてきたものだ。
ただし、スキャンには視野が限られるため、巻物全体を複数の高さに分け、2570枚以上の断層画像を取得し、それを一つの3D画像に統合するという非常に手間のかかる作業が必要だった。
その結果、約80cmの羊皮紙を50回以上巻いたダラニの構造が鮮明に浮かび上がった。
さらにAIによる画像解析を行ったところ、使用されていた墨には金属粒子が含まれていたことも判明した。
一般的な中国の墨が動物性の膠(にかわ)と煤(すす)から作られているのに対し、これは異なる構成を持つ特別なインクだった。
このことは、儀式的または特別な意味を持った素材であった可能性がある。単に教えを記すだけでなく、物質そのものに仏法を封じ込めようという意図がうかがえる。
ダラニに記されていたのは六字大明呪
こうして読み取られたのが、「オン・マニ・ペメ・フム(Om mani padme hum)」という文言だった。
これは、古代インドのサンスクリット語に由来する短いマントラで、日本語では「六字大明呪(ろくじだいみょうしゅ)」と呼ばれる。
直訳すると「蓮華の宝珠よ、幸いあれ」という意味を持ち、「観音の慈悲がすべての存在に及びますように」という祈りが込められている。
このマントラは、チベット仏教でもっとも広く知られた祈りの言葉のひとつであり、観音菩薩の慈悲と智慧を象徴するものとされている。
本来、ダラニとは仏の教えを短い文に凝縮し、心にとどめるためのものだ。
仏典そのものを読むことが難しい人々にも、教えの核心だけを簡潔に伝える手段として用いられてきた。
さらに今回のダラニは、チベット語ではなくサンスクリット語の文法に基づいて書かれていた。これは、モンゴル仏教がインド由来の密教的伝統に深く影響されていたことを示している。
科学によって蘇った歴史的文化の記録
こうした素晴らしい発見をもたらしたシンクロトロンX線トモグラフィーだが、非常に手間がかかるため、考古学の分野ではまだ一般的なものではない。
それでも今回の成果は、貴重な文化財や考古学的資料の非破壊調査に向けた大きな一歩になるだろうと研究チームは述べている。
研究に参加したベルリン民族学博物館のビルギット・カンツェンバッハ氏は、「物そのものに意味があるのではなく、人がその中に何を見るかが重要なのです」と述べている。
References: Keywords: cooperations (347)materials research (225)BESSY II (457)Datascience (13)Batteries (11) Science Highlight 23.07.2025 Scrolls from Buddhist shrine virtually unrolled at BESSY II[https://www.helmholtz-berlin.de/pubbin/news_seite?nid=30766;sprache=en] / X-ray scans reveal Buddhist prayers inside tiny Tibetan scrolls[https://www.popsci.com/technology/tibetan-prayer-scroll-scans/]
本記事は、海外の情報をもとに、日本の読者がより理解しやすいように情報を整理し、再構成しています。