
失われた古代文明へのロマンに初めて胸を高鳴らせたのは、古代エジプトがきっかけだったって人も少なくないと思う。
ピラミッドやスフィンクスといった何千年も前の巨大建造物が、今もドーンと建っているんだから、子供心にもわかりやすいし、大人になっても謎は尽きない。
その謎多きエジプトの遺跡の中でも、ギザにある有名なスフィンクスの正体は、ほとんど解明されていないのだという。
誰が、いつ、何のために造ったのか。そして内部や地下には何があるのか。真相は今も砂の下に隠されたままだ。
ピラミッドよりも謎多き巨石建造物
ギザの大スフィンクスは、一説にはその建造時期が、クフ王の大ピラミッドよりも古いのではないかと言われている。ツタンカーメンが生きた新王国時代には、既に建造から1000年以上が過ぎた古代遺跡になっていたわけだ。
新王国のファラオやローマ帝国によって、何度か保全活動が行われたものの、やがてスフィンクスは首から下が砂に埋もれ、人々に忘れ去られていった。
その全身の姿を今のような形で目にすることができるようになったのは、実は近代に入ってからのことである。
1817年、イタリアの探検家ジョヴァンニ・バッティスタ・カヴィーリャが初めて本格的な考古学的発掘を行い、胸部までを砂から掘り出した。
その後、1925~1936年にかけて、フランスの考古学者エミール・バレーズが大規模な発掘を指揮し、ついに全身像が露わになった。
日本の第二回遣欧使節が1864年に撮影した記念写真を見ると、まだ胸から下が砂に埋まっているのがわかると思う。
このスフィンクスは全長約73.5m、幅約19m、高さ約20mで、地球上で最大の一枚岩から掘り出した石像である。
カフラー王のピラミッドへと続く参道の入り口付近に位置しており、周囲には未完成の神殿などが残されている。
多くの研究者は、スフィンクス自体も何らかの理由で、未完成のまま放置されたのではないかと推測している。
つまりスフィンクスは本来、現在私たちが目にしているものよりはるかに壮大な建造物になるはずだったのではないかというのだ。
実はこのギザの大スフィンクスは、いつ誰によって建造されたのかも、はっきりとわかってはいない。
定説ではカフラー王の命で作られたとされてきたが、近年行われた一部の年代測定では、カフラー王の時代よりもさらに数百年古い可能性が出てきたという。
これが本当だとすると、クフ王のピラミッドよりもさらに古いことになり、中には紀元前7000年、あるいはそれ以上遡ると考えている学者もいるそうだ。
スフィンクスの内部・地下に眠る部屋の謎
スフィンクスに関する謎はこれだけではない。その内部や地下には、秘密の空間やトンネルが存在する可能性が何度も指摘されている。
中には、伝説のアトランティスの「記録の間(Hall of Records)」が、スフィンクスの真下にあると主張している界隈もあるらしい。
その発端は、あのエドガー・ケイシーによるリーディングである。彼が「記録の間」はエジプトに埋められている語ったため、多くの人がギザの大スフィンクスの地下がその場所だと信じるようになったのだ。
伝説によれば、この「記録の間」には、古代エジプト人の知識を記したパピルスが収められており、失われた大陸アトランティスの歴史や所在地に関する情報も保存されているという。
つまりこの「記録の間」とは、古代の知識が収蔵されたデータセンターのようなもので、その重要性はアレクサンドリア大図書館にも匹敵するのだとか。
記録の間については、古代エジプト人が建設したと考える人がいる一方で、それ以前の、さらに古い超古代文明によって建設されたとする人もいる。
この噂を裏付けるかのように、19~20世紀に撮影された古い写真の中には、スフィンクスの腰部や背中に、複数の裂け目や穴が写っているものがある。
1733年にスフィンクスを調査したチャールズ・トンプソンは、スフィンクスの背中上部に入口や「穴」があったと記録している。
また、19世紀に熱気球から撮影された写真には、スフィンクスの頭の上に、巨大な穴が開いているのが確認できる。
この「穴」は現在はふさがれており、その用途や内部構造は一切不明である。
安全保障の名の下に封印される発掘調査
作家のグラハム・ハンコックとロバート・ボーバルは、著書「Message of the Sphinx」の中で、エジプト政府とアメリカの考古学者たちが、スフィンクスの内部調査や周辺の地下探査を妨害してきたと指摘している。
実際、エジプトでは多くの考古学的発見が一般に公開されず、発掘が「国家安全保障」の名目で中止される事例も少なくない。
その代表例が、2008年にベルギーとエジプトの研究チームによって発見された、ハワーラ・ピラミッド[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%81%AE%E3%83%94%E3%83%A9%E3%83%9F%E3%83%83%E3%83%89]の地下迷宮「ラビリンス」だ。
ラビリンス(ラビュリントス)と聞くと、ギリシャ神話に登場するのクノッソスの迷宮が有名だが、実はそのルーツは古代エジプトにあるんだとか。
ヘロドトスはその著書「歴史」の中で、エジプトのラビリンスを実際に訪れたと記録している。それによると、ラビリンスは紀元前2,000年ごろに作られ、3000もの部屋を持ち、地上階と地下階に分かれていたという。
ベルギー・エジプトの研究チームが、この迷宮があったとされる、カイロから南西に130km離れたファイユームに位置するハワーラ・ピラミッドの地下迷宮で調査を行った結果、地下数mに多数の個室が密集する空間が確認された。
その規模は150×100m、80×100mに及び、「伝説のラビリンス発見!」と話題になったが、学術誌や公開講義での発表直後、エジプト政府が「国家安全保障上の理由」から公表停止を要求。
以後の調査は認められず、「世紀の大発見」のニュースは、世界に届くことなく封印されてしまった。
もしかすると大スフィンクスの足元にも、まだ解き明かされていない古代の歴史や、失われた時代の記憶が眠っているのかもしれない。
いずれその「秘密の入口」が開かれて、歴史の真実が明らかになる日は訪れるのだろうか。
References: The Entrance to the Sphinx: Rare image shows possible entrance into the Great Sphinx of Giza[https://www.ancient-code.com/the-entrance-to-the-sphinx-rare-image-shows-possible-entrance-into-the-great-sphinx-of-giza/]
本記事は、海外メディアの記事を参考に、日本の読者に適した形で補足を加えて再編集しています。