
北米西海岸の沿岸に広がる藻場は、コンブやワカメなどの大型海藻が群生して林のように見えることから、「コンブの森」と呼ばれている。ここは多様な生物のすみかであり、海の生態系を支える重要な場所だ。
しかし近年、このコンブを食い尽くすほどに増えたウニが、藻場を荒廃させており、生態系全体に深刻な影響を与えている。
こうした中、16本から最大24本の腕を持つ大型のヒトデ「ヒマワリヒトデ(別名:ニチリンヒトデ)」が、ウニの行動を抑える存在として再び注目されている。
かつて感染症の影響で激減したこのヒトデの再導入が、コンブの森を守る「天然の番人」として、藻場の回復に貢献するかもしれない。
この研究は『journalProceedings of the Royal Society B.[https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rspb.2025.0949#d1e616]』(2025年7月9日付)誌に掲載された。
海の森を形づくる藻場とその価値
藻場(もば)とは、沿岸域の海底にコンブ、ワカメ、アマモなどの海藻・海草が密生してできる群落のことである。
ここは魚類、甲殻類、貝類、さらにはラッコやアシカなどの海獣にとって、生息地や産卵場所、稚魚の育成場所として機能する重要な空間である。
とくに北米西海岸では、冷たい浅い海域に広がるコンブの群れは「コンブの森」と呼ばれ、広大な藻場が形成されている。藻場はまた、二酸化炭素の吸収源として気候変動の緩和にも貢献している。
コンブは産業的にも価値が高く、食品、医薬品、化粧品などの原料として用いられている。その経済的価値は、世界全体で年間約五千億円に達するとも推定されている。
捕食者の減少でウニが暴走
こうした海の森を脅かしているのが、コンブを主食とするウニの異常増加だ。
2013年以降、太平洋岸では「ヒトデ消耗性症候群(Sea star wasting disease)」という感染症が流行し、ヒトデが壊滅的な打撃を受けた。
これにより、ヒトデに捕食される立場だったウニの数が急増し、コンブを食い荒らすようになった。
さらに近年では、海水温の上昇や海の酸性化の影響でコンブの成長が鈍くなり、回復が追いつかない状況が続いている。
こうした背景から、かつて豊かだった藻場も、今ではウニしか残っていない不毛の地となった場所も少なくない。こうした現象は”海の砂漠化”、”磯焼け”とも呼ばれ日本でも深刻な問題となっている。
ヒマワリヒトデの生態とその効果
ヒマワリヒトデ(ニチリンヒトデ:学名 Pycnopodia helianthoides)は、北東太平洋に生息する大型のヒトデで、成長とともに腕の本数が増え、通常16本から24本の腕を持つ。
体の大きさは直径約1mに達し、1分間に約100cmの速度で海底を移動するという俊敏さも特徴の一つだ。
ウニやカニ、貝などを捕食する肉食性の無脊椎動物で、脳は持たないものの、周囲の生物を察知してすばやく行動する能力がある。
興味深いことに、ウニの側もこのヒトデの存在を感知し、近づかないように避ける行動を取ることが知られている。
実験で一部のウニに抑制力があることが判明
このヒトデの効果を確かめるため、カリフォルニア大学サンタクルーズ校の研究チームは、アラスカ州シトカ沖の海底で実験を実施した。
研究者たちは、コンブの葉を結びつけた2つのケージを海底に設置し、片方にはヒマワリヒトデを1体入れ、もう片方は空のままにした。それぞれのケージは約18~30m離して配置された。
1日後に観察したところ、アカウニ(Mesocentrotus franciscanus)は、ヒトデの入ったケージに結びつけられたコンブから約180cm以上の距離を保っていた。
一方で、ミドリウニ(Strongylocentrotus droebachiensis)は、あまり警戒せず接近する様子が見られた。
すべてのウニに対して同じ効果があるわけではないが、研究チームはこの結果に手応えを感じている。
特に人工的にウニを駆除せずとも、ヒトデの「存在」だけでウニを遠ざけられるという点に注目している。
ラッコとヒトデでコンブの森を守れ!
実は、ウニの数を抑える働きは、ヒトデだけでなく、ラッコにもある。
ラッコは貝類やウニを主食とし、日常的にウニを大量に食べることから、藻場の保全に大きく貢献している。
アメリカ西海岸では、侵略的外来種のヨーロッパミドリガニが増殖し、生態系を乱していたが、カリフォルニアラッコたちが、年間数万匹ものミドリガニを捕食したことで、生態系が回復に向かっているケースも報告されている。
実際に、ラッコの個体数が増えた地域では、藻場の回復が見られたという報告もある。ヒトデとラッコという二つの捕食者の存在は、藻場の健全なバランスを支える重要な柱となっている。
自然の力で海を再生できるか
研究を共同執筆した生態学者のクリスティ・クローカー氏はこう語る。
ヒマワリヒトデが作り出す『恐怖の風景』が、貪欲なウニの行動すら抑えるということが分かりました。これは、自然の力で藻場を再生するための重要な手がかりになるはずです(クローカー氏)
現段階では、太平洋沿岸で最も深刻な影響を与えているムラサキウニ(Strongylocentrotus purpuratus)への効果はまだ検証されていないが、今後の研究によってその可能性が明らかになると期待されている。
References: Royalsocietypublishing[https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rspb.2025.0949#d1e616] / Eurekalert[https://www.eurekalert.org/news-releases/1092780]
本記事は、海外メディアの記事を参考に、日本の読者に適した形で補足を加えて再編集しています。