
誰かが咳やくしゃみをしただけで、思わず距離を取ってしまう。そんな私たちの行動が、実は無意識のうちに免疫系にも影響を与えていることが、最新の研究で明らかになった。
スイスとドイツの研究チームは、バーチャルリアリティ(VR)を使って、被験者に「ウイルスに感染していそうな人」の姿を見せる実験を行った。
その結果、実際に感染していないにもかかわらず、被験者の免疫系が活性化するという反応が確認されたのである。
この研究は『Nature Neuroscience[https://www.nature.com/articles/s41593-025-02008-y]』(2025年7月28日付)に掲載された。
VRで「感染者」を再現、体の反応を測定
スイス・ローザンヌ大学をはじめとするチームによる今回の研究では、バーチャルリアリティ(VR)を利用して、病気っぽい人に遭遇したときの体や脳の反応が調べられた。
実験に参加した248人の健康な被験者は、VRヘッドセットを装着し、バーチャルアバター(仮想の人物)と遭遇する。
たとえば最初は、被験者と同じ性別のアバターが続けて3回、無表情のままだんだんと近づいてくる。
だがその後は、それまでと同じ「無表情のアバター」、「感染症の兆候があるアバター」、「怯えた表情を浮かべるアバター」の3種のいずれかが登場して、同様にだんだんと近づいてくる。
この時、被験者は自分の顔に何かが触れたらボタンを押すよう指示されていた。
このボタンを押すタイミングを観察すると、感染症らしいアバターに出会ったときは、彼らがより遠くにいる状況でボタンを押す傾向が見られたという。
つまり、感染症の疑いがあるアバターに対して、被験者はより遠くから意識するようになるということだ。
脳と免疫系が連動して反応、血液にも変化が生じる
こうした感染症アバターに対する反応は脳にも現れた。
たとえば脳波を調べると、アバターが近づいてくると脳の「空間認識系」が活発になることが分かる。
ところが、感染症っぽいアバターに対しては、特に「脅威検出ネットワーク」が強く反応するのだ。
このことは機能的MRIによる検査でも裏付けられた。
驚くべきは、血液で免疫系が活性化していることが確認されたことだ。
免疫細胞の一種である「自然リンパ球」は、感染初期にさっと反応し、他の免疫細胞に警戒シグナルを送る。この自然リンパ球が、感染アバターを見た被験者の血液で活性化していたのである。
こうした自然リンパ球の反応は、実際にインフルエンザワクチンを接種した人の血液とも類似していたという。
感染の「気配」だけで免疫が動き体が防御体制に
今回の研究は、私たちが「感染症の疑いがある人」を見ただけで、脳の脅威検出ネットワークや免疫細胞が反応することを明らかにしている。
それが意味するのは、免疫系が実際の病原体に感染される前から予防的な行動をとり、私たちの体を病気から守ろうとしている可能性だ。
とは言え、まだまだ分からないことは多い。
たとえば、ロンドン大学のベネディクト・セドン教授(この研究には参加してない)によれば、コロナウイルスに感染してから実際に免疫系が働き始めるまでには1~2日かかるのだという。
したがって、今回の早期警戒システムが現実の感染予防にどう役立っているのか定かではないという。
いずれにせよ、目で見るだけで免疫系が反応するという現象からは、私たちの体が想像以上に敏感なシステムよって守られているだろうことをうかがい知ることができる。
References: Nature[https://www.nature.com/articles/s41593-025-02008-y] / Sight of someone potentially infectious causes immune response, research suggests[https://www.theguardian.com/science/2025/jul/28/sight-of-someone-potentially-infectious-causes-immune-response-research-suggests]
本記事は、海外で公開された情報の中から重要なポイントを抽出し、日本の読者向けに編集したものです。