
南極の海に響くヒョウアザラシの歌は、人間が子どもに歌う子守歌のような童謡と驚くほど似たリズムと構造を持っていることが、オーストラリア・ニューサウスウェールズ大学の研究で明らかになった。
しかも彼らは、5種類の基本音を文字のように組み合わせ、それぞれ独自の「音のアレンジ」で自分を表現しているという。
それはまるで歌声に自分の名前を刻み込んだようなもので、「ここは俺の場所だよ」という縄張り宣言であり、「ボクはここにいるよ」というメスへの甘く情熱的な呼びかけでもあるのだ。
この研究は『Scientific Reports[https://www.nature.com/articles/s41598-025-11008-8]』(2025年7月31日付)に掲載された。
ヒョウアザラシのオスは南極の歌手
ヒョウアザラシ(学名:Hydrurga leptonyx)は、南極の海氷上で休息しながら暮らす単独行動の頂点捕食者だ。
オスは体長3m、体重300kgにも達する巨体を誇る。見た目はワイルドだが、実は驚くほどロマンチストでもある。
毎年春(10月下旬~1月上旬)になると、東南極ではオスたちの情熱的なリサイタルが始まる。
恋の季節、彼らは2分間潜水して歌い、2分間水面で呼吸するというサイクルを、1日最大13時間も繰り返すのだ。
オーストラリア・ニューサウスウェールズ大学のトレイシー・ロジャース教授は、彼らを「南極の歌手のような存在です。繁殖期に水中マイクを海に沈めれば、どこでも彼らの歌が聞こえてきます」と評する。
その歌は、メスの気を引くためだけでなく、他のオスへの警告でもある。
年に4~5日しかないメスの発情期には、四方八方から歌声が響き渡り、「ボクは強くて魅力的だ」というアピールと、「ここは俺の縄張りだ」という主張が同時に届けられるのだ。
一方、メスも発情期には数時間だけ歌うことがあるが、その期間は年に4~5日ほどと短く、繁殖期全体を通して長時間歌い続けるのはほとんどオスだ。
オスの歌声は人間の童謡そっくり
ヒョウアザラシの歌声は、ただ大声を張り上げているわけではない。そこにはきちんとした構造がある。
研究チームが注目したのは「エントロピー」だ。これは音の並びの予測可能性や不規則さを表す指標で、値が低いほど歌は構造的で繰り返しが多くなる。
オス26頭の歌声を分析し、ザトウクジラ、バンドウイルカ、リスザル、人間の音楽(バロック、クラシック、ロマン派、現代音楽、ビートルズ)と比較したところ、人間の童謡(子守歌)と同じレベルの予測可能性を持つことがわかった。
子守歌はシンプルで繰り返しが多く、覚えやすい。同じ特徴がヒョウアザラシの歌にも見られます」と、筆頭著者で博士課程のルシンダ・チェンバース氏は説明する。
以下の動画がヒョウアザラシのオスの歌の数々だ
独自のアレンジで自分らしさを表現
オスの歌声は、人間の音楽ほど複雑ではないが、決して適当ではない。独自性と構造性がほどよく調和している。
もちろん、これは子守唄のように子どもを寝かしつけるためではない。むしろオスにとっては、自分の存在を示す「名前」のような役割を果たしているのだ。
アザラシの声質はほぼ同じで、人間のように声の高さや訛りで区別することはできない。それでも5種類の音を組み合わせ、言葉のように並べることで、それぞれが自分だけの歌を作り出す。
その歌を聞けば、誰の歌声なのかがわかる。
「それぞれのアザラシに自分の名前があるようなものです」と、チェンバース氏は説明する。
アザラシの歌声は進化するのか? 最新技術の分析に期待
なお今回分析されたアザラシの歌声は1990年代に収集されたものだ。だが、それから30年が経過した今、録音技術は大きく進歩している。
そこで研究チームは、そうした最新の技術で改めて“歌手たち”に耳を傾けたいと願っている。
次なる研究では、イルカの“シグネチャー・ホイッスル”のように、実際にヒョウアザラシが歌で個体識別を行っているかどうかを、数学的に分析する予定であるという。
また世代を経るごとに、鳴き声のパターンが変化しているかどうかも解明したいとのこと。
「5音からなる“アルファベット”が時とともに進化しているのか、ぜひ調べてみたいですね」とチェンバース氏は語っている。
References: Twinkle, twinkle leopard seal: songs below the ice flow like nursery rhymes[https://news.unsw.edu.au/en/twinkle-twinkle-leopard-seal-songs-below-the-ice-flow-like-nursery-rhymes] / Nature[https://www.nature.com/articles/s41598-025-11008-8]
本記事は、海外で公開された情報の中から重要なポイントを抽出し、日本の読者向けに編集したものです。