
2012年8月6日、日本時間で14時32分頃、NASAの火星探査車「キュリオシティ」は火星に降り立った。以来、毎年この日は誕生日として記念されてきた。
2025年8月6日、キュリオシティは13回目の誕生日を、誰もいない火星の地で一人静かに迎えた。
だがかつて、キュリオシティは自分自身のために「ハッピーバースデー」の曲を演奏したことがある。2013年、火星着陸一周年を記念してのことだ。
以来キュリオシティは二度とこの曲を演奏することはなくなったが、当時演奏された曲を聴きながら、改めてキュリオシティの誕生日を地球から祝ってあげよう。
火星で奏でられた特別なバースデーソング
2013年、NASAのミッションチームは、火星上陸から2回目の誕生日を迎える探査車キュリオシティに「ハッピーバースデー」のメロディを演奏させるというユニークな試みを行った。
火星で孤独に任務を続ける彼に、ささやかな祝福の音を届けたかったのだ。
演奏に使われたのは「SAM(Sample Analysis at Mars:火星試料分析装置)」という内部機器だった。
マイクもスピーカーも持たないキュリオシティは、音を外に鳴らすことはできない。だがこのSAMは振動によって音を発することができ、その機能を応用してメロディを再現することが可能だった。
このアイデアを実現させたのは、SAMの電気系主任技術者であり、NASA科学ミッション局副主任でもあるフローレンス・タン氏と、その夫で同じくエンジニアのトム・ノーラン氏だった。
ふたりは2007年、SAMで「きらきら星」を演奏するテストを成功させており、続けて「ハッピーバースデー」の演奏もプログラム化。地球上にあるテスト用機体で入念に確認したのち、キュリオシティへの指令が送信された。
こうして、火星の大地の下で、キュリオシティによる「ハッピーバースデー」ソングが奏でられたのである。
なぜ一度きりとなってしまったのか?
この「火星で最も孤独なバースデーソング」は当時話題となり、多くの人がキュリオシティに思いを重ねた。だが意外なことに、この演奏は2013年の一度きりで、それ以降は二度と行われていない。
その理由について、フローレンス・タン氏はメディアの取材に対し、こう語っている。「この答えは冷たく聞こえるかもしれませんが、科学的な利益がないのです」。
キュリオシティは核電池によって駆動しており、エネルギーには限りがある。
無駄な動作はすべて避ける必要があり、音楽を演奏するという行為は科学的データの取得には直接つながらない。限られた電力はすべて、本来の目的である火星探査に使われるべきなのだ。
だからこそ、あの一度きりの「ハッピーバースデー」の演奏は特別で、今も語り継がれているのだ。
現在も過酷な環境の中、ひとりでがんばるキュリオシティ
キュリオシティの旅は、あれから13年たった今も続いている。2022年4月にはミッションの3年間延長が決まり、探査活動は2025年10月まで続く予定だ。
NASA[https://science.nasa.gov/mission/msl-curiosity/]によれば、2025年8月までにキュリオシティは火星で13年を過ごし、総走行距離は35kmに達している。
これは、地球から約5億6千万kmを旅して火星に降り立った後、さらに火星の過酷な地表を歩み続けた距離である。
その間、6つの車輪は火星の鋭い岩に何度も傷つき、ひび割れ、穴が空いたこともあった。
金属の劣化が進んだ時期には、「このままでは走行不能になるのでは」と心配されたが、NASAの地上チームは走行経路の最適化や運用方法の調整でそれを回避してきた。
ボロボロになった車輪をひきずりながらも、キュリオシティは今日も静かに歩みを進めている。
火星の風に晒されながら、かつて湖だったゲール・クレーターの地質を調査し、「かつて火星に生命は存在したか?」という問いに答える手がかりを、黙々と探し続けている。
References: Science.nasa.gov[https://science.nasa.gov/mission/msl-curiosity/]
本記事は、海外で報じられた情報を基に、日本の読者に理解しやすい形で編集・解説しています。