
クマやリスなどの冬眠動物は、何か月も食事や水を摂らずに過ごしながら、筋肉の衰えや深刻な病気を避け、春には元気に目覚める。
この代謝能力の仕組みが、最新の遺伝子研究によって少しずつ明らかになってきた。
アメリカ・ユタ大学の研究チームによると、この驚異的な能力を発動するスイッチが、人間のDNAにも備わっているかもしれないという。
この研究は『Science[https://www.science.org/doi/10.1126/science.adp4025?adobe_mc=MCMID%3D12501039144419061553825267842242876927%7CMCORGID%3D242B6472541199F70A4C98A6%2540AdobeOrg%7CTS%3D1754310993]』誌(2025年7月31日付)に掲載された
冬眠中でも健康を保つ動物たち
冬眠中の動物は、体温を氷点近くまで下げ、新陳代謝(エネルギーの消費活動)や脳の働きを最小限に保ったまま、数か月間動かずに過ごす。
食べ物も水もとらないのに、筋肉が衰えることもなく、臓器も正常に保たれている。
さらに、冬眠から目覚めると、2型糖尿病やアルツハイマー病、脳卒中のような状態から自然に回復してしまうことも確認されている。
冬眠中には、こうした人間の病気に似た代謝異常が一時的に起こるにもかかわらず、深刻なダメージを残さないのだ。
まるで「生きたまま時間を止める」ような不思議な現象である。
肥満に関わる遺伝子にその鍵が隠されていた
このような冬眠動物の特殊な能力の背景には、遺伝子の働きが深く関わっていることが分かってきた。
ユタ大学医学部の研究チームは、肥満に関係する「FTO遺伝子座(Fat mass and obesity-associated locus)」と呼ばれる領域に注目した。
FTO遺伝子座とは、肥満と強く関連するFTO遺伝子が存在するDNA上の位置のことを指す。
この領域の特定の変異は、ボディマス指数(BMI)や肥満リスクの上昇と関係していることが、ゲノムワイド関連解析(GWAS)という手法によって示されている。
たとえば、rs9939609というSNP(単一塩基多型)は、小児期から高齢期にかけて体重や脂肪の蓄積に影響を与えることが知られている。
興味深いのは、このFTO遺伝子座が人間にも存在するにもかかわらず、冬眠動物ではこれを別の形で活用している点である。
研究チームは、FTO遺伝子座の近くに冬眠動物だけが持つ特有のDNA領域を発見した。
この領域は、周囲にある遺伝子の働きを強めたり弱めたりする「調節スイッチ」のような役割を果たしており、脂肪をためたり、代謝のスピードを調整したりすることに関与していると考えられている。
一つのDNAスイッチが数百の遺伝子を調整していた
FTO遺伝子座の近くに見つかった冬眠動物特有のDNA領域は、遺伝子そのものではない。だが、周囲の多くの遺伝子に触れて、その働きを強めたり弱めたりする調節スイッチのような役割を持っていた。
研究チームは、このDNAスイッチをマウスに導入したり、逆に取り除いたりする実験を行った。その結果、マウスの体重の増え方や代謝のスピード、冬眠に似た状態からの体温回復にまで影響が出た。
中でも注目されたのは、たった一つの小さな調節領域を壊しただけで、数百の遺伝子の活動が大きく変わった点である。
ユタ大学の研究者スーザン・スタインワンド博士は、「たった一つの小さなDNA領域を壊しただけで、数百の遺伝子が一斉に変化するのは本当に驚きです」と語っている。
人間にも同じ仕組みが備わっている可能性
研究チームは、冬眠に関係するDNA領域を見つけるため、いくつかの方法を組み合わせた。まず、多くの哺乳類が共通して持つDNAのうち、冬眠動物だけが最近になって急速に変化させた領域を探した。
重要な遺伝子ほど長い間変化しない傾向があるため、急激な変化があれば、それは冬眠に必要な役割を果たしている可能性が高い。
さらに、マウスを絶食させて冬眠に近い代謝状態をつくり出し、そのときに活動が高まる遺伝子を調べた。
すると、代謝の変化をまとめて調整する「ハブ遺伝子」が見つかり、冬眠動物で変化していたDNA調節領域の多くが、このハブ遺伝子と連携していることが判明した。
これらの結果から、冬眠という能力は、新しい遺伝子を獲得するのではなく、もともと持っていた遺伝子の「使い方」を進化の中で変えてきた可能性が高い。
重要なのは、その使い方を切り替えるスイッチが人間にも備わっているという点である。
人間の体に眠る冬眠の能力
今回の研究では、冬眠動物のゲノムに見られた変化の多くが、何か新しい機能を加えるものではなく、遺伝子の調節をより自由にする変化であることがわかった。
人間では通常、体温や代謝を一定の範囲内に保とうとする仕組みがあるが、冬眠動物ではその制限が外れており、より柔軟なコントロールが可能になっている。
つまり、代謝や体温、筋肉の維持といった身体の状態を極端な環境下でも保てる「柔軟性」が、人間にも元々備わっており、それを制限しているスイッチを解除することで引き出せるかもしれないということだ。
医療に応用される可能性
冬眠動物は、筋肉の衰えを防ぎ、神経の損傷や加齢による機能低下さえも回復できるとされている。この能力は、糖尿病やアルツハイマー病などの病気の克服や、健康寿命の延伸にも役立つ可能性がある。
研究者たちは、人間の体にもすでに同じような遺伝的枠組みが存在していると考えており、そのスイッチをうまく操作できれば、私たちの体にも冬眠動物と同じような回復力を引き出せるかもしれないという。
研究員のスーザン・スタインワンド博士は、「人間はすでに遺伝的な枠組みを持っています。必要なのは、そのスイッチを見つけて制御することです」と語っている。
References: Hibernator “superpowers” may lie hidden in human DNA[https://www.eurekalert.org/news-releases/1092569]
本記事は、海外で報じられた情報を基に、日本の読者に理解しやすい形で編集・解説しています。