
まるでアニメキャラクターのような顔立ちをしたこの古代魚は、約4億年前の海で暮らしていたノルセラスピス(Norselaspis)だ。
顎(あご)は持たないが、サメのように強力な心臓と血管を備え、さらに肩のような構造まで見られるという。
爪ほどの大きさの頭部化石を精密に分析した最新研究によって、この顎なし魚に、従来は顎のある魚にしか存在しないと考えられていた高度な循環器や感覚器官がすでに備わっていた可能性が示された。
古生物学者・宮下哲人氏ら国際研究チームによるこの発見は、水中の魚から陸上の四肢動物へとつながる進化の道筋を見直す、重要な手がかりとなりうる。
この研究は『Natrue[https://www.nature.com/articles/s41586-025-09329-9]』(2025年8月6日付)に掲載された。
顎を持つ魚が陸上動物へ、進化の通説は本当なのか?
地球に最初の魚が現れたのは、およそ5億年前。場所は海の表層ではなく、光の届きにくい海底近くだった。
当時の魚は、口を開けて食べ物を吸い込むだけで、顎も歯も持たない。こうした器官は、水中のより浅い場所に進出する過程で進化し、やがて形を整えていったと一般には考えられている。
そして約4億年前、顎(あご)を持つ魚「有顎類(顎口上綱)[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A1%8E%E5%8F%A3%E4%B8%8A%E7%B6%B1]」が海を支配するようになり、その系統から四本足の陸上動物が登場したとされている。
長年の眠りから目覚めた古代魚の化石
この謎を解き明かす手がかりは、長らく収蔵庫の中に仕舞い込まれていた。
1969年、北極海に浮かぶスヴァールバル諸島で、砂岩に埋もれた数千個の化石が発掘された。
にもかかわらず、せっかくの化石はそのまま放置され、それがきちんと整理されたのはようやく40年が経過してからのことだ。
すると、そこから美しい1.3cmほどの化石が姿を現したのだ。その化石は、もともと1969年に採掘された砂岩に埋もれていたものだ
それはデボン紀前期、4億1000万~4億700万年前の「ノルセラスピス(Norselaspis glacialis)」の頭蓋骨で、ほとんど完璧な形状が残されていた。
この化石は、スイスのポール・シェラー研究所に送られ、シンクロトロンX線マイクロCTで層ごとに細かくスキャンされた。
だが、それで終わりではない。そのデータは数千時間に及ぶ膨大な手間暇をかけて、丁寧に再構築される必要があった。
こうした研究者の努力の末に現代に甦ったのが、極薄の骨に包まれたノルセラスピスの立体的な臓器や筋肉の様子を捉えたデジタルモデルだ。
顎なしでもサメ級の心臓と驚異の機動力を持っていた
ノルセラスピスは顎のない魚だが、再構築されたデジタルモデルからは、従来は無顎類(むがくるい)[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%84%A1%E9%A1%8E%E9%A1%9E]には存在しないと考えられていた特徴が次々と明らかになった。
特に注目すべきは、豊富な血液を全身に送り出せる強力な心臓と太い血管である。
カナダ自然博物館の宮下哲人氏は「まるでヤツメウナギの皮の下にサメの心臓があるようだ」と表現している。
感覚器官の発達も目を引く。眼球は人間より1本多い7本の筋肉で動かされ、内耳は体のサイズに比べて非常に大きい。
もし人間サイズに換算すると、内耳はアボカドほど、心臓はメロンほどの大きさになるという。
さらに、鰓の後ろには斜めに伸びたパドル状のヒレがあり、急な方向転換や停止、加速が可能だった。
顎がないことを考えると、これらの機動力は獲物を捕らえるためではなく、顎や歯を進化させつつあった捕食者から逃げるために発達した可能性が高い。
こうした捕食者と被食者のせめぎ合いが、海洋の生物多様性を一気に押し広げたと考えられている。
顎だけじゃない、肩と首の進化も示す化石の証拠
ノルセラスピスは、顎の進化だけでなく、もう一つの重要な構造、「肩と首の進化」についても手がかりを与えてくれる。
化石の詳細な分析から、肩に向かう神経が鰓へ向かう神経と分離していることがわかった。
これは、四肢動物の「肩」が首と連動する新しい構造として発達し、やがて頭部と胴体を分けるようになった可能性を示している。
初期の顎のない魚は頭から胴体までが連続していたが、顎を持つ魚では首と喉が発達している。
ノルセラスピスはその中間的な構造を持ち、人間にたとえれば「腕が頬の後ろから生えている」ような配置だったという。
顎の発達がなぜ始まったのかは依然として謎のままだが、少なくとも今回の発見は、脊椎動物の進化が単純な一本道ではなかったことを物語っている。
「底生生物から一気に頂点捕食者へ進んだわけではありません」と、宮下氏は語る。
だが、この「まず顎、次に手足」という一本道の進化は、本当にそうだったのだろうか。
「この変化には大きな空白があります。化石記録の中で、重要な出来事の順序や変化の方向を再構築するための“スナップショット”が欠けているのです」と、シカゴ大学の生物学者マイケル・コーツ氏は語った。
追記(2025/08/10)本文の重複を訂正して再送します。
References: Big heart, acute senses key to explosive radiation of early fishes[https://biologicalsciences.uchicago.edu/news/big-heart-acute-senses-jawless-fish] / Big heart, acute senses key to explosive radiation of early fishes, digital reconstruction indicates[https://phys.org/news/2025-08-big-heart-acute-key-explosive.html] / A googly-eyed fish could upend evolutionary history[https://www.popsci.com/environment/early-fish-jaw-norselaspis/]
本記事は、海外の情報を基に、日本の読者向けにわかりやすく編集しています。