
カナダ・バンクーバー島沖の海で、ダイバーたちが遭遇したのは、触手を広げると3mほどはあろうかという巨大なミズダコだ。
だが驚くのはここからだ。
ピンク色のお腹、吸盤だらけの腕、その撮影センスはプロ顔負けだったという。さすが知的で好奇心旺盛な頭足類、タコである。
巨大なミズダコと遭遇、カメラに興味津々
ブリティッシュコロンビア州・バンクーバー島の東海岸にあるナヌース湾は、ダイバーの間で「大型のミズダコに出会える」ことで知られている人気スポットだ。
2025年8月、バンクーバー島を拠点に活動する水中フォトグラファーのジョン・ロニー氏と、長年のダイビング仲間であるクリス・マレン氏は、この地で撮影を行っていた。
海中では複数のタコに遭遇したが、ひときわ目を引いたのが、腕を広げると幅が約3mにもなるという巨大なミズダコだ。
このタコは岩棚の下にじっと潜んでいたが、2人が通り過ぎると、すぐに興味を示して接近してきたという。
そしてロニー氏がもっているカメラに触手を伸ばし始めたのだ。
カメラを奪い、自撮りを始めたタコ
タコはロニー氏に真正面から近づいてきて、触手を伸ばしてカメラを調べ始めたという。そこで彼はカメラを手放し、タコに渡したという。
すると、タコはそのままカメラを抱えて動き始め、自撮りを始めたという。
映像には、ピンク色の腹面が画面いっぱいに広がり、吸盤がびっしり並んだ腕が傘のように覆いかぶさっていた。
さらにタコはカメラを持って移動しながら、壁の方にレンズを向けるなど、まるで意図的に撮影しているかのようだったという。
「それが3分ほど続いた後、吸盤を使ってカメラの電源まで切ったんですよ」とロニー氏は笑う。
プロも驚いた映像の完成度
ロニー氏は、バンクーバー島を拠点に長年ドキュメンタリー制作に関わってきたベテランの水中フォトグラファーだが、そんな彼が、タコの撮影センスに太鼓判を押したのだ。
「水中カメラマンとして、文句なしに10点満点ですよ。タコの映像としては、正直これが一番かもしれません」と大絶賛。
これを聞いた相棒のマレン氏も、「完全に俺よりうまいな」と笑いながら認めたという。
ロニー氏はこれまでに約1,500回のダイビングを経験しているベテランだが、ミズタコとここまで間近で接触したのは、今回を含めてたったの2回だけだという。
「ミズダコはとても魅力的で、一緒にいるだけで楽しいんです。知性があり、動きに個性があり、見ていて全く飽きない」と語る。
ミズダコはカメラに興味を持っていた
果たしてタコはカメラ撮影に興味があったのだろうか?
どうやらそうではなさそうだ。カナダ、アルバータ州レスブリッジ大学のタコ専門家マザー氏によると、タコは好奇心旺盛で、興味がわいたものは、それを触手で確認するという。
面白そうなおもちゃなのか、食べられるものなのかをチェックしていたのだ。
カメラのスイッチが入っていたため、まさにその行動が自撮りにつながったようだ。
また、マザー博士はまた、タコの性格について「猫のようだ」と表現する。
タコは気まぐれで警戒心も強く、ダイバーが群がってくると普段はそっと姿を消します。
けれど、光るライトのついた水中カメラのような目新しいものが目の前にあると、それに強く惹かれるんです
彼女によれば、今回の行動も、タコがカメラを「おもちゃ」として興味を持った可能性が高いという。
タコはダイバーにも興味を持って触手を伸ばした
印象的だったのは、タコがダイバーのクリス・マレン氏に接近し、まるで優しく“ハグ”をするかのように腕を巻きつけた瞬間だった。
「タコがクリスにしがみついているように見えました。でも掴みかかっているという感じではなかった。ただ、吸盤で静かに触れているだけでした。クリスは楽しそうでしたよ」とロニー氏。
これを体験したマレン氏は、こう語る。
とても優しい抱擁でした。まさにこれこそ、僕がずっと求めていた体験だったんです。
ミズダコはどうやらカメラだけでなく、ダイバーにも興味を持ち、吸盤で触れることで観察していたようだ。
世界最大のタコ、ミズダコとは?
ミズダコ(Enteroctopus dofleini)は、北太平洋の寒冷な海域、ロシア沿岸、アラスカ、カナダ、アメリカ西海岸などに広く分布するタコの一種である。日本でも北海道や東北地方の沿岸で見られる。
最大で体重50 kg、腕を広げた全長5 m以上に達する個体も確認されており、世界最大のタコとして知られる。
寿命はおよそ3~5年。
食性は肉食で、カニ・エビ・貝類・魚類などを捕食。逆にシャチやアザラシなどの大型哺乳類が天敵となる。
タコは無脊椎動物だが知能が高いことで知られている。その神経細胞の6割以上が腕に分散しており、各腕が独立して判断・行動できるという驚くべき神経構造をしている。
学習能力・短期記憶・空間認知能力に優れ、実験では迷路の解読や容器の開封、視覚識別なども成功している。
さらに、タコには“遊ぶ”という行動も確認されており、物を投げて仲間とコミュニケーションをとるなど、社会性が備わっていることも、2022年の研究で明らかになっている。