
毎年、数千頭のザトウクジラが繁殖のためにオーストラリア沖を北上する。この壮大な回遊の最中、イルカたちがクジラに寄り添って泳ぐ姿が各地で観察されている。
一見すると偶然の出会いに見えるこの行動だが、実は意図的な交流の可能性があるという。グリフィス大学の研究チームは、クジラとイルカの交流が世界中で頻繁に行われている実態を明らかにした。
ここで言う「種を越えた交流」とは、厳密な生物学的な種のことではなく、異なるグループ同士の交流をわかりやすく表した表現である。
イルカもクジラも実際には同じクジラ目に属している。ただし、ザトウクジラはヒゲクジラ類、イルカはハクジラ類に属し、かなり早い段階で分岐した別系統である。
そのため一般的な感覚として両者は別の存在ととらえられており、記事タイトルでは「種を越えた」と表現している。
学術誌「Discover Animals[https://link.springer.com/article/10.1007/s44338-025-00099-2]」(2025年8月12日付)に発表された研究では、イルカとクジラの交流が世界中で広範かつ頻繁に起きていることが示されている。
イルカとクジラの交流は珍しいものではなかった?
これまでにも、クジラとイルカが交流していると思われる様子は、世界中から報告されてきた。
たとえば2004年にハワイで撮影された映像では、ザトウクジラが何度も繰り返しバンドウイルカを頭に乗せて持ち上げる様子が記録されて人々を驚かせた。
当時の研究者たちは、このような接触はまれで、子育てや世話に関わる可能性があると推測した。
しかし近年はドローン撮影の進歩により、彼らが一緒に餌をとったり遊んだりする様子が頻繁に記録され、SNSでも広く共有されている。
世界17か国・199件の交流事例を分析
今回、オーストラリアのグリフィス大学の海洋科学研究チームは、2004~2024年に記録された世界各地の映像・写真199件を精査し、イルカとヒゲクジラ19種のグループ間交流を分類した。
収集に使われたのはFacebookやInstagram、YouTube、TikTok、XといったSNSの公開投稿で、それらを体系的に検索にかけ、重複しているものやAI生成したものを除外した。
研究チームは検索の際、「クジラとイルカの遊び」「クジラとイルカが泳ぐ」といった、一般的な言い回しを使用したという。
さらに、ザトウクジラに装着したカメラタグによる映像も2件加えられ、彼らの交流を「クジラ目線」で、水中からとらえることができるようになった。
研究チームはすべての記録を精査し、関わったグループの特定や交流の真偽確認、行動分類を行った。
イルカたちが回転したり尾ビレを打ちつけたりする動きのほか、クジラの頭に乗るボーライディングや、身体をこすりつけるといった行動などだ。
さらにイルカがクジラの頭部・脇腹・尾ビレのどの位置にいたかも記録した。その結果、イルカがクジラの頭部付近を並走するものがほとんどで、全体の80%を占めたそうだ。
イルカが主導しクジラが応える「意図的な交流」
分析の結果、彼らの交流はイルカの側から始まることが多いことが判明した。
そのかかわり方は、ボーライディングや編隊を組んでの並走などが中心で、クジラの身体に触れる行動も見られたという。
また、尾ビレを打ちつけるなど、クジラに嫌がらせをするような攻撃的行動はまれで、約5%のケースで見られただけだった。
さらに全体の4分の1以上のケースでは、クジラも似たような行動で応答していた。たとえば身体を回転させて腹を見せたり、身体をイルカの方に向けたりしていたそうだ。
クジラとイルカの「友情」は社会的行動の現れか?
クジラとイルカの「友情」は社会的行動の現れか?
今回の研究は、クジラとイルカのグループ間交流が「極めて稀」とされてきた従来の認識を覆すものだった。
記録された交流のうち、クジラ側はザトウクジラが68%を占め、イルカではバンドウイルカが最多の51%にのぼった。
さらに、全体の約4分の1のケースで両者の関わりが相互的かつ肯定的と判定され、とりわけザトウクジラは3分の1以上の場面で「積極的に応答」していた。
こうした傾向をふまえ、研究チームはクジラとイルカの行動が単なる偶然や接触ではなく、「遊び」や「社会的関与」の表れである可能性を指摘している。
また、ザトウクジラに装着された2台のカメラタグによる映像からは、水中での新たな交流の様子が確認された。
映像には、イルカたちがザトウクジラを海面から海底まで追いかけ、頭部に触れたり、互いに視線を交わしたりする場面が映っていた。
これらの行動は偶然ではなく、意思を持った交流であることを示している。
高度な感情と知性を反映する種を超えたかかわり方
この研究は、海洋哺乳類がグループを超えて意識的に関わろうとする姿を示し、私たちの理解に新たな視点を加えた。
クジラとイルカのグループ間交流は、思っていた以上に日常的であり、その関わり方も多様である可能性が高い。
イルカが刺激や遊び、あるいは求愛行動としてクジラに接近していると考えられる一方で、ザトウクジラもそれに応じ、むしろ積極的に関わろうとしている節がある。
実際に収集された多くの映像には、彼らが協調して泳いだり、じゃれ合ったり、明らかに楽しんでいるような行動が記録されていた。
これらは、彼らの知性の高さや感情の豊かさを示すだけでなく、その社会に「文化的な要素」が存在する可能性を示唆している。
クジラとイルカの間に見られるこうした交流は、海洋哺乳類の社会生態を理解する上で、今後の研究にとって重要な鍵となるかもしれない。
SNSやドローンを活用した市民参加の調査手法
今回のこの研究は、一般市民が参加する「市民科学」の力を示すものでもある。SNSやドローンの活用は、従来の調査では見逃されがちな多様な行動データを集めるために、今後は欠かせない手法となるだろう。
もちろん、SNSで集められたデータには、地理的な偏りや投稿者の主観、撮影角度や機材、使用頻度の違いなどがどうしても影響してしまう。
しかし他で得たデータを補完し、これまで知られていなかった行動を明らかにする助けとなるのは間違いない。
今後、音響記録や長期的な観察を組み合わせることで、こうした魅力的な出会いの背後にある動機や意味を、さらに解明できるのではないだろうか。
追記(2025/09/04)
本記事のタイトルでは便宜上「種を越えた交流」と表現しましたが、厳密にはイルカもクジラも同じクジラ目に属します。ただし、ザトウクジラはヒゲクジラ類、イルカはハクジラ類に属しており、系統的にはかなり早い段階で分岐したグループです。したがって、本記事で扱っているのは「クジラ目の中で大きく異なるグループ間の交流」です。誤解を招く表現となりましたことを訂正し、補足いたします。
References: Theconversation[https://theconversation.com/whales-and-dolphins-regularly-hang-out-with-each-other-new-study-260196] / Assessing social behaviour between baleen whales (Mysticeti) and dolphins (Delphinidae)[https://link.springer.com/article/10.1007/s44338-025-00099-2#data-availability]
本記事は、海外の記事を参考にし、日本の読者向けに独自の考察を加えて再構成しています。