
もしタイムトラベルが可能なら、今この世界には未来人がいてもいいはずだ。SNS上では自称タイムトラベラーがたびたび話題になるが、信ぴょう性は薄い。
この謎について、情報科学の研究者アンドリュー・ジャクソン氏が興味深い仮説を提示した。
ジャクソン氏は「過去へのタイムトラベルは不可能」という有力な説を支持しつつ、それでも可能だったと仮定した場合、世界に不安定さが生じ、最終的に「タイムトラベルが存在しない世界」へと収束する可能性を示した。
映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のデロリアンが現れない理由を、別の視点から考える試みだ。
タイムトラベルが可能なら、なぜ未来人がいないのか?
未来から人がやって来られるなら、今この時代に未来人の姿があってもいい。そう考えるのは自然なことだ。
理論物理学者のスティーヴン・ホーキング博士は2009年、未来人を呼び寄せる目的でパーティー[https://www.discovermagazine.com/stephen-hawkings-time-travel-party-did-it-happen-how-would-we-know-45610]を開催した。
ただし、場所と時間の情報はパーティー終了後に公開された。未来から来られる者なら参加できるという趣向だった。だが結局、誰も現れなかった。
こうした事実から、タイムトラベルはやはり存在しないという考え方が自然なのかもしれない。
だが、それでは面白くないしロマンもない。もし本当に可能だったとしたら、何が起きるのか。その問いに、ひとつの仮説を提示したのがジャクソン氏だ。
タイムトラベルに避けられない矛盾「親殺しのパラドックス」
タイムトラベルが実現した場合、論理的な矛盾がつきまとう。
よく知られているのが「親殺しのパラドックス」と呼ばれる矛盾だ。
もし自分が過去に戻って血の繋がった祖父を祖母に出会う前に殺してしまったら、自分は生まれてこない。ということは、そもそも過去に戻ることもできなかったはずだ、という自己矛盾が発生する。
この問題は、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のストーリーとも通じている。主人公が過去に戻り、母親に恋されてしまった結果、自分の存在が危うくなるという展開が描かれている。
また、現在の物理学では、時間を逆向きに進むこと自体が理論的に極めて困難とされている。
ただし一部では「閉じた時間的閉曲線(closed timelike curve)[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%99%82%E9%96%93%E7%9A%84%E9%96%89%E6%9B%B2%E7%B7%9A]」のような概念により、タイムトラベルが理論上は可能だとする考え方もあるが、それが実現される兆しはまだない。
タイムトラベルが起きてない時間軸に書き換えられるとする仮説
アンドリュー・ジャクソン氏はこの問題に対して、「自己抑制的(self-suppressing)」という新たな視点を提示している。
彼の仮説によれば、もしタイムトラベルが可能になっても、それが導入された瞬間に世界が不安定になり、結果としてタイムトラベルが一度も起きなかったことになるような時間軸へと書き換えられる。
これは、「不安定な要素は自然に排除され、最も安定した状態に落ち着く」という物理学の原則に基づいている。
熱いコーヒーが時間とともに室温へと冷めていくように、時間軸もまた、安定を求めて変化していくという考え方だ。
世界がもっとも安定した時間軸を選び取る
この仮説を裏付けるために、ジャクソン氏は「マルコフ連鎖[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%82%B3%E3%83%95%E9%80%A3%E9%8E%96](Markov chain)」という数学的モデルを用いている。
マルコフ連鎖とは、次の状態が「現在の状態のみに依存して決まる」という確率論的な仕組みだ。これを時間軸に適用すると、不安定な状態(=タイムマシンの存在する世界)は、徐々に安定な状態(=タイムマシンが存在しない世界)へと移行していく。
しかも、この変化は、私たちのようなタイムトラベルをしていない人間には「最初からそうだったかのように」感じられる。つまり、変化のプロセス自体を認識できない。
タイムマシンは存在しないことに収束する
ジャクソン氏の結論は明快だ。
もしこのモデルが正しければ、タイムトラベルはその性質上、最終的にはどの時間軸でも存在しないことになる。
タイムマシンを作ろうとする動きがあったとしても、そのたびに時間軸は自動的に安定化し、「タイムマシンが一度も作られなかった世界」に収束してしまうのだ。
だから、どんなに技術が進歩しても、私たちが未来人に出会うことはないし、空をデロリアンが飛び交うような世界もやってこないというわけだ。
「世界が自動で帳尻を合わせる」理論も
なお、タイムトラベルのパラドックスを扱った研究は過去にも存在している。
2020年には、オーストラリア・クイーンズランド大学の物理学者ジャーメイン・トバー氏が、「親殺しのパラドックス」のような矛盾を数学的に回避できるという研究を発表した。
この研究では、過去に戻ってどんな行動をとっても、世界は自動的に“帳尻合わせ”を行うことで矛盾を防ぎ、パラドックスが起きないよう調整されるという。
たとえば、自分が新型コロナの第一感染者を救ったとすると、その代わりに別の誰かが感染するように歴史が書き換わり、最終的にパンデミックという結果は変わらない。
つまり、過去で自由に行動はできるが、重要な出来事は変えられないという考え方だ。
一方、今回のジャクソン氏の仮説は、そもそもタイムトラベルが導入された瞬間に世界が不安定となり、最終的に「タイムマシンが存在しない時間軸」へと自然に収束するというものだ。
どちらも矛盾を回避する手段を提示しているが、トバー氏は「世界が帳尻を合わせて矛盾を吸収する」と考え、ジャクソン氏は「矛盾がタイムトラベルそのものを消し去る」と考えている。
両者はアプローチは異なるものの、時間をめぐる理論の奥深さを示している。
この研究はプレプリント論文として、査読前の形で論文公開サイト『arXiv[https://arxiv.org/abs/2508.09157]』(2025年8月5日付)に掲載された。
References: Arxiv[https://arxiv.org/abs/2508.09157] / The Missing Time Travelers of 3025 Could Be a Real Scientific Problem[https://www.popularmechanics.com/science/a65973489/missing-time-travelers-of-2035/]
本記事は、海外の記事を参考に、日本の読者向けに重要な情報を翻訳・再構成しています。