不妊治療最前線:雄牛の精子を使って操縦可能なマイクロロボットを開発
credit: npj Robotics (2025)

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オランダのトウェンテ大学の研究チームは、雄牛の精子に磁石に反応するナノサイズの粒子を付着させ、外部から操縦できる「精子ボット」を開発した。

 このマイクロロボットは、女性の生殖器官を再現した実物大の3Dプリント模型の中でテストされ、子宮頸部から卵管まで磁力で誘導することに成功した。

X線によるリアルタイム追跡も可能だという。

 これまで体内での精子の動きを直接観察するのは難しかったが、この技術によって可視化が可能となり、不妊治療への応用が期待されている。

この研究成果は、科学誌『npj Robotics[https://www.nature.com/articles/s44182-025-00044-1]』(2025年9月2日付)に掲載された。

精子細胞を使った新しいマイクロロボット

 トウェンテ大学のロボティクスおよびメカトロニクス研究グループのイスラム・カリル准教授らは、雄牛の精子細胞に酸化鉄ナノ粒子(鉄の酸化物でできた超微細な粒子)をコーティングし、磁力によって外部から制御できる「精子ボット」を作製した。

 この技術は、自然の運動能力を持つ生体細胞(精子)と、外部から操縦可能な人工制御技術を組み合わせた「バイオハイブリッド型マイクロロボット」として注目されている。

 マイクロロボットとは、mm以下の極小サイズで自律移動が可能なロボットの総称で、幅広い分野での活用が期待されている。

 特に医療分野では、体内の特定部位に薬剤を届けたり、低侵襲手術を補助したりといった用途に向けた開発が進められており、精子ボットのような生体由来のマイクロ・ロボットは、今後の技術展開の一端を担う存在だ。

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女性の生殖器を再現した模型内で操縦実験に成功

 研究チームは、女性の生殖器官(子宮頸部、子宮腔、卵管)を実物大で再現した3Dプリント模型を使い、精子ボットの動作実験を行った。

 外部から磁場をかけることで、精子ボットの進行方向を操縦し、子宮頸部から卵管に至るまでのルートを移動させることに成功した。

 この模型は、実際の生体構造を忠実に再現しており、従来の平面的な実験環境では得られなかったデータを提供する。

 中でも注目されるのは、精子ボットの移動をX線でリアルタイムに追跡できる点だ。

 磁性ナノ粒子を含んでいるため、X線画像に明瞭に映り込み、現在どこにいるのか、どのように動いているのかを正確に把握できる。

 これまで、体内で精子がどのように動いているかを視覚的に捉えるのは極めて難しかった。

 従来の不妊治療や生殖補助医療では、「精子はこう動いているはず」といった推測に頼る部分も多かったが、この技術によって実際の精子の挙動が明らかになり、より精密な診断や治療への応用が期待されている。

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精子ボットが開く未来の不妊治療

 今回の技術は、将来的にはさまざまな医療応用が想定されている。

 たとえば、精子の輸送障害を原因とする男性不妊の診断に活用すれば、これまで分からなかった原因の特定につながる可能性がある。

 また、精子ボットは目的の場所まで泳ぐ能力を備えていることから、子宮や卵管など、通常の薬剤が届きにくい部位へのターゲット型薬物送達システムとしての応用も視野に入れられている。

 精子そのものが持つ生体適合性を活かすことで、拒絶反応や副作用を最小限に抑えつつ、ピンポイントで薬を届けることが可能になるかもしれない。

 さらに今回の実験では、精子ボットに使われた酸化鉄ナノ粒子が、72時間にわたってヒトの子宮細胞と接触しても毒性が確認されなかったことから、将来的にヒトへの応用を考えるうえでも重要なステップだといえる。

References: Nature[https://www.nature.com/articles/s44182-025-00044-1] / Utwente[https://www.utwente.nl/en/news/2025/9/568729/future-of-fertility-controlling-sperm-bots]

本記事は、海外の記事を基に、日本の読者向けに重要なポイントを抽出し、独自の視点で編集したものです。

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