
中米グアテマラのジャングルに眠る古代都市ウカナルで、考古学者たちは歴史の大きなうねりの跡を発見した。
9世紀初頭、マヤのカンウィッツナル王国の王族の墓から取り出された遺体と宝物が、公共の場で焼かれるという、極めて異例の公開儀式が行われていたのだ。
これはマヤ文明の南部低地における政治構造の大転換を象徴していた。
国民の面前で行われた、王族の公開焼却儀式
マヤ文明の地方政権、カンウィッツナル王国の首都「ウカナル」は、現在のグアテマラ北部ペテン地方にあり、王国の王族によって支配されてきた都市だった。
紀元後600年頃から900年頃にかけて繁栄し、マヤ南部低地における政治と文化の重要な拠点となっていた。
2022年、ウカナルにあるピラミッド構造の神殿跡から、焼却された人骨と大量の装飾品が発見された。
少なくとも4人分の成人の骨とともに、1,470点もの翡翠(ひすい)のペンダントやビーズ、モザイク装飾の破片、大型の刃物などが出土している。
これらはすべて一度の焼却儀式によって焼かれた形跡を残していた。
火の温度は800度以上に達していたと推定され、装飾品の質と量から、カンウィッツナル王国の王族が埋葬されていた墓に由来するものとみられる。
焼却後の遺体や副葬品は丁重に扱われることなく、粗雑な石の壁の端に廃棄され、その上から建設資材が積み上げられていた。
研究者たちはこれを意図的な冒涜行為とみなし、「旧体制の象徴を文字通り破壊する政治的儀式」だったと考えている。
火に包まれたのは、長年にわたり王権を担ってきた王族の血統と権威そのものであり、国民の目の前で公開焼却される様子は、人々に強烈な印象を残す政治的演出だったはずだ。
非王族のリーダー、パプマリルがもたらした新時代
この儀式の後、ウカナルでは従来の王族に代わり、非王族出身の指導者パプマリル(Papmalil)が登場する。
マヤ文明では血縁による王位継承が一般的だったが、パプマリルはその慣例を破る存在だった。彼の出自は明確にはわかっていないが、外部から来た人物である可能性が高いとされている。
文字資料はほとんど残っていないものの、パプマリルの統治下でウカナルは活発な再建期に入る。
都市中心部と周辺の居住区域で大規模な建設活動が行われた形跡があり、支配体制の刷新とともに、都市の構造そのものが再編されたと考えられる。
研究チームを率いたモントリオール大学のクリスティーナ・ハルペリン博士は、この転換を単なる終焉と見るのではなく、王国が新たな形へと再生した「転機」だったと捉えている。
焼かれたのはただの墓ではなく、歴史そのものだった
政権交代や王朝の終わりを物理的な証拠で示すことは、考古学ではめったにない。通常は碑文や建物の様式、都市構造の変化などから間接的に推測される。
しかし今回の発見では、その瞬間が「火災の痕跡」としてくっきりと残されていた。
焼却された遺体や装飾品は、マヤ文明の権威と伝統を象徴するものであり、それが公然と火にくべられたという事実は、極めて象徴的である。
市民たちの前で行われたこの儀式は、旧支配体制の終わりと新時代の始まりを強く印象づける出来事だった。
マヤ文明の一地方政権が、自らの再編を図るために選んだ手段は、まさに「歴史に火をつける」行為だったのかもしれない。
この研究成果は『Antiquity[https://www.cambridge.org/core/journals/antiquity/article/pivot-point-in-maya-history-fireburning-event-at-kanwitznal-ucanal-and-the-making-of-a-new-era-of-political-rule/564F837E84443D408CD844424B7F6952]』誌(2024年4月18日付)に発表された。
References: Cambridge[https://www.cambridge.org/core/journals/antiquity/article/pivot-point-in-maya-history-fireburning-event-at-kanwitznal-ucanal-and-the-making-of-a-new-era-of-political-rule/564F837E84443D408CD844424B7F6952] / Archaeologists Found a Smoking Gun Behind the End of the Maya Kingdom’s Reign[https://www.popularmechanics.com/science/archaeology/a66012592/maya-kingdom-collapse-burning-event-discovery/]
本記事は、海外の記事を参考にし、日本の読者向けに独自の考察を加えて再構成しています。