
ミツバチの社会行動を調べていた研究チームが、人間との意外な共通点を発見した。仲間と交流するミツバチのふるまいに関係するいくつかの遺伝子が、人間の社会性に関わる遺伝子と同じ領域に存在していたのだ。
アメリカ・イリノイ大学の研究チームが発表したこの成果は、ミツバチと人間が進化のどこかで共通する「社会性のしくみ」を受け継いできた可能性を示している。
また、社会性には個体差があるが、それは気質や環境だけでなく、遺伝子の違いが大きく影響していることも明らかになってきた。
この研究は、『PLOS Biology[https://journals.plos.org/plosbiology/article?id=10.1371/journal.pbio.3003367]』誌(2025年9月16日付)に掲載された。
社会性には個体差がある。その違いを生む原因は?
社会性を持つ動物のあいだでは、どれだけ社交的かという点において個体ごとに大きな差がある。
群れの中で積極的に仲間と関わり、よく知られた存在になる個体もいれば、むしろ距離をとり、必要以上の接触を避けるような個体もいる。
こうした差は、気分や社会的な立場、過去の経験といった環境要因に左右されることがあるが、近年では遺伝的な要因もその一因であると考えられている。
ただし、社会性の違いを生み出す遺伝子や脳内の分子メカニズムについては、まだ詳しくは解明されていない。
ミツバチの行動を自動追跡し、個体差の謎に迫る
こうした背景のもと、アメリカ・イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校のイアン・トラニエロ氏らの研究チームは、ミツバチの社会行動と遺伝子の関係を詳細に調べる実験を行った。
使用されたのはセイヨウミツバチ(Apis mellifera)で、3つのコロニーから集められた357匹の成虫の体に小さなバーコードが取り付けられた。
ミツバチたちはガラス張りの観察用巣箱で生活し、その行動は自動的に記録された。
研究チームが特に注目したのは、「トロファラクシス(trophallaxis)」と呼ばれる社会的行動、コミュニケーションの一種だ。
これは、ミツバチが口移しで液体の栄養を仲間に渡すもので、食料のやり取りと同時に、信頼関係や情報交換の手段にもなっている。
食べ物の受け渡しと関係する18の遺伝的変異を発見
行動データと遺伝情報を照らし合わせた結果、トロファラクシスの頻度が高いミツバチには、共通する18の遺伝的変異があることがわかった。
特に注目されたのは、その一部が「ニューロリギン2(neuroligin-2)」や「nmdar2」という遺伝子内に存在していた点だ。
これらの遺伝子は、人間においても社会性や自閉スペクトラム症(ASD)との関連が知られている。
ミツバチと人間という遠く離れた種のあいだに、社会的行動を支える共通の遺伝的メカニズムが存在する可能性を示している。
仲間との交流が多い社交的な個体ほど遺伝子の数が多い
さらに研究チームは、ミツバチの脳内で実際に働いている遺伝子(転写産物)を調べた。その結果、仲間との交流が多い個体ほど、脳内で活発に働いている遺伝子の数が多く、900種類以上の遺伝子に発現の差が見つかった。
これは、社会的行動が単に性格や偶然に左右されるものではなく、脳内の遺伝子のはたらきに基づく、生物学的な特性である可能性を強く示している。
ミツバチから見えてきた、人間の社交性と遺伝子の関係
人間とミツバチが持つ社会性は、それぞれ独立して進化してきたものと考えられている。
しかし、今回の研究結果は、その根底にある遺伝的な仕組みが共通している可能性を示したものだ。
研究チームは、「異なる系統の動物でも、社会性を支える分子の“共通パーツ”が保存されているのではないか」と述べている。
社交的かどうかを決める要因は、人間でもミツバチでも、見た目には違っても、脳の中では意外と似たようなメカニズムで動いているのかもしれない。
References: Journals.plos.org[https://journals.plos.org/plosbiology/article?id=10.1371/journal.pbio.3003367] / Eurekalert[https://www.eurekalert.org/news-releases/1097555]