
古代エジプトの都アケトアテン(現アマルナ)で、3300年前の牛の足の骨を使って作られた笛が発見された。
ここはツタンカーメンの父として知られるファラオ、アクエンアテンが築いた短命の首都で、太陽神アテンだけを信仰するという宗教改革の舞台でもあった。
この骨笛は、王家の墓に関わる労働者の村の出入口で発見されており、当時そのエリアを監視していた見張り役、現代でいうところのガードマンや警察官のような人物が使用していた可能性があるという。
この研究は『International Journal of Osteoarchaeology[https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/oa.70026]』(2025年9月1日付)に発表された。
古代エジプトの首都アケトアテンで見つかった牛骨の笛
ケンブリッジ大学を中心とする研究チーム「アマルナ・プロジェクト」により2008年、古代エジプト第18王朝のファラオ、アクエンアテンが築いた都市アケトアテン(現アマルナ)で行った発掘調査で、牛の足の骨を使った笛が見つかった。
この都市はナイル川中流域の東岸、肥沃な農地と砂漠の境界に位置し、自然地形を神聖な空間として都市計画に取り入れた、特別な信仰都市だった。
アクエンアテンは紀元前1347年頃に即位し、太陽神アテン[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%86%E3%83%B3]の信仰を国家宗教とする宗教改革を進めた。
従来の多神教を否定し、自らをアテンの啓示を受ける存在として位置づけた彼は、それまでの信仰の中心地テーベを離れ、信仰の理想を実現する新たな都としてアケトアテンを築いた。
この急進的な改革は神官団との対立を招き、芸術様式までもが大きく変化した。宮廷では、伝統的な理想化された姿ではなく、写実的で人間味のある表現が好まれるようになった。
そして、アクエンアテンの息子が、のちに黄金のマスクで名を馳せるツタンカーメンである。
彼は幼くして王位を継ぎ、その治世初期をアマルナで過ごしたとされる。やがてアクエンアテンの宗教政策を撤回し、多神教を復活させるとともに、首都もテーベへ戻した。
つまり、今回の骨笛が見つかったアケトアテンの地は、ツタンカーメンが生まれ育った場所であり、古代エジプトにおける信仰と政治の大きな転換点の舞台でもあった。
王の墓を守る“見張り役”が吹いていたと考えられる笛
発掘された骨笛は、牛の足のつま先の骨から作られた小型の笛で、長さは6.3cmほどの、手のひらに収まるサイズだ。
穴は1つだけで、吹き口は自然な形状が残されており、唇を当てて音を出しやすい作りになっていた。
研究チームは同じ素材でレプリカを作り、実際に吹く実験も行った。
その結果、骨の先端がちょうど唇を乗せるのに適しており、しっかりと音が出ることが確認された。
この笛が発見されたのは「ストーン・ヴィレッジ」と呼ばれる区域で、王家の墓を建設していた労働者が住んでいた「ワークマンズ・ヴィレッジ」の近くに位置している。
周辺は検問所のような構造を持つ建物が点在しており、この一帯は王墓に直結する重要なエリアであり、出入りの監視が行われていたと見られている。
こうした警備、監視を担っていたのが、「メジャイ(Medjay)」と呼ばれる集団だ。
メジャイはもともと東方砂漠に住んでいた半遊牧民で、軍事的能力に優れていたことから、やがて国家に取り込まれ、警備や治安維持を任される精鋭部隊となった。
今回の骨笛も、メジャイや、同様の警備的な役割を果たしていた集団が使用していた可能性がある。現代でいえば、ガードマンや警察官のような存在だ。
壁画に描かれた警備体制と笛の使用
今回の笛の使用者像を裏付ける重要な証拠のひとつが、アマルナで発見された高官マフの墓である。マフはアケトアテン時代の「警備長官」にあたる人物で、王都の出入口や周囲の村々の治安を監督していたとされる。
彼の墓の壁画には、都市に不法侵入しようとした人物を取り押さえる警備員の姿や、道路沿いに見張りとして立つ人々の様子が描かれている。
中には検問所のような建物の前に立つ人物もおり、こうした構造が実際に存在し、厳重な監視体制が敷かれていたことがうかがえる。
骨笛が物語る、王の墓を守る人々の存在
今回の骨笛は、金や宝石の副葬品のような豪華さはないが、王家の墓に関わった無名の人々の存在を示す貴重な証拠のひとつだ。
この骨笛の分析と考察を行った、オーストラリア、グリフィス大学のミシェル・ラングリー)准教授は、「こうした地味な人工遺物こそが、当時の一般人の生活や社会構造を知る鍵になる」と述べている。
エジプト考古学では、ピラミッドや黄金のマスクといった王族の遺物が注目されがちだが、アマルナのような都市の遺跡には、王の墓を守る人々の暮らしが残されている。骨笛は、そうした人々の役割と日常を記録する数少ない手がかりだ。
References: Thenationalnews[https://www.thenationalnews.com/news/mena/2025/09/15/archaeologists-find-ancient-egyptian-whistle-carved-from-cow-toe-bone/] / 3,300-year-old ancient Egyptian whistle was likely used by police officer tasked with guarding the ‘sacred location’ of the royal tomb[https://www.livescience.com/archaeology/ancient-egyptians/3-300-year-old-ancient-egyptian-whistle-was-likely-used-by-police-officer-tasked-with-guarding-the-sacred-location-of-the-royal-tomb] / Onlinelibrary.wiley.com[https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/oa.70026]