
顕微鏡で見るとまるでエイリアン。透明な体に針のような突起を持ち、海の中を漂う小さな甲殻類「ファセトテクタ類(Facetotecta)」は、1880年代から知られていたにもかかわらず、どのように成長し、何者になるのかは長らく謎のままだった。
研究者たちは100年以上、この奇妙な生物の正体を突き止められずにいた。
ところが今回、日本近海で採取された3000体以上の個体をもとに、デンマーク、台湾、アメリカなどの国際研究チームが最新の遺伝子解析を実施。
その結果、この生物が寄生性の幼体である可能性が高いことがわかってきた。
この研究成果は『Current Biology[https://www.cell.com/current-biology/abstract/S0960-9822(25)00736-5]』誌(2025年7月21日付)に発表された。
成体の姿が見つからなかった不思議な甲殻類
この謎めいた甲殻類「ファセトテクタ類(Facetotecta)」は「Y幼生(Y-larvae)」という名で知られており、プランクトンとして海を漂っている。
その姿は透明でトゲのような突起があり、まさに異星の生き物のようだ。
1880年代からすでに観察されていたにもかかわらず、どのような形態に変化し、どんな成体になるのかは誰にもわかっていなかった。
「幼生らしきもの」とされていたが、それが本当に幼生なのか、あるいは独立した形態なのかすら長年不明だった。
遺伝子解析の結果、成長すると寄生生物になる可能性
デンマーク自然史博物館のゲノム研究者ニクラス・ドライヤー氏ら国際研究チームは、日本近海の海面から3000匹以上のファセトテクタ類(Y幼生)を採集し、RNAのタンパク質配列をもとに遺伝的な系統樹を作成した。
その結果、ファセトテクタはフジツボの仲間に分類されるものの、既知の寄生性フジツボとは直接の近縁関係にないことがわかった。
研究では、Y幼生が甲殻類の成長ホルモンにさらされると、硬い外殻を脱ぎ捨て、ナメクジのような柔らかい姿に変化することが確認された。
この変態は、寄生性のフジツボが宿主の体内に入り込む際に見せる反応とそっくりだ。
さらに、Y幼生には鉤爪のような触角があり、これを使って宿主に取りつくのではないかと考えられている。
これらの特徴から、研究者たちは「Y幼生は成長すると寄生生物になる」という仮説を強めている。
では、なぜ成体が見つかっていないのか?
その理由として考えられているのが、「成体は宿主の体内で暮らしているため、外からは見えない」という可能性だ。
寄生性フジツボのようにY幼生もカニを操る可能性
既知の寄生性フジツボの中には、カニに寄生して根のように成長し、宿主の体内で暮らすものがいる。
フジツボの仲間、「フクロムシ(Sacculina carcini)」は、ただ寄生するだけでなく、宿主を去勢したり、オスのカニをメス化させたりして、自分の世話をさせるという恐ろしい戦略を持っている。
カニは「妊娠している」と錯覚させられ、自分の卵だと思ってフジツボの外部器官を守り始める。たとえオスのカニでも、行動や体質が変化して、まるでメスのようになってしまう。
Y幼生も同じように、宿主の体内に入り込み、重大な生態的影響を与えている可能性がある。ただし、現在のところ「どの生物に寄生しているのか」はわかっていない。
なぜ似た生態が別々に? 収斂進化によるものか?
Y幼生と寄生性フジツボは、遺伝的には近くない。なのになぜ、ここまで似たような寄生のしかたをするのか?
研究者たちは、これは「収斂進化(しゅうれんしんか)」の結果だと考えている。収斂進化とは、異なる生物が似たような環境に適応することで、似た特徴を獲得する進化のパターンだ。
つまり、Y幼生と寄生性フジツボは別々のルートを通って、同じような寄生戦略にたどり着いたというわけだ。
Y幼生の未記載種は驚くほど多い
現在、Y幼生はわずか17種しか正式に記載されていないが、今回の調査ではたった1つの港から100種以上の未記載種が見つかっている。
これだけでも、彼らの多様性と未知の生態の奥深さを物語っている。
References: CELL[https://www.cell.com/current-biology/abstract/S0960-9822(25)00736-5] / Today.uconn.edu[https://today.uconn.edu/2025/07/one-step-closer-to-solving-a-century-old-crustacean-mystery/] / Sciencedaily[https://www.sciencedaily.com/releases/2025/09/250913112506.htm]