
今から600万年前、中国南西部、雲南省の湿地帯で、体重50kgもの大きなカワウソが生態系を支配していた。
サイモゲール・メリルトラ(Siamogale melilutra)の体格は、オオカミやヒョウなどの猛獣に匹敵するレベルだ。
現存するオオカワウソよりも2倍近く大きく、硬い物でもかみ砕く、強靭なアゴの力を備えていた。
当時、同じ地域に、サイモゲールより大きな肉食動物の化石は確認されておらず、上位捕食者だったと考えられている。
そして最新の研究で、あまり泳がず、穴掘りが得意な水陸両用(陸多め)の捕食者であることがわかった。
中国・雲南省で発見された巨大カワウソの化石
標高約2000mにある、雲南省昭通市の水塘壩(Shuitangba)地区は、現在では山あいの町となっているが、およそ600万年前の中新世末期には、湖沼や湿地が広がっていた。
ここは、多様な化石が出土することで知られており、保存状態の良い哺乳類、植物、昆虫、貝類などが数多く見つかっている。
この場所で2017年に発掘されたのが、サイモゲール・メリルトラ(Siamogale melilutra)[https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/14772019.2016.1267666]の化石である。
かつての炭鉱採掘場の地層から、完全な頭蓋骨と下顎、複数の歯が発見され、新種として記載された。
推定体長は約2m、体重はおよそ50kgとされ、絶滅危惧種ではあるが、現存する最大のカワウソ、オオカワウソ[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%AA%E3%82%AB%E3%83%AF%E3%82%A6%E3%82%BD]よりもはるかに大きい。
この発見により、古代のカワウソがどのような姿で、どのように生きていたのかを探る手がかりが大きく広がった。
硬いものも噛み砕く、強靭な顎と歯
サイモゲール・メリルトラの注目すべき特徴は、猛獣のように大きな体格だけでなく、圧倒的な咬む力と、それを支える顎と歯の構造にあった。
臼歯(奥歯)は「丘状歯(きゅうじょうし)」と呼ばれ、咬み合わせの面に鋭い突起がほとんどなく、平らで丸みを帯びた丘のような形をしている。
この形状は、食べ物をすり潰したり噛み砕いたりするのに適しており、ヒトやクマ、ブタなど、雑食性や硬いものを食べる哺乳類によく見られる。
現代のラッコは石を使ってウニや貝を割って食べるが、サイモゲールにはその必要がなかった。顎の力だけで殻ごと噛み砕くことができたと考えられている。
実際、この動物の化石が見つかった地層からは、当時の湖沼に生息していた貝類や甲殻類などの化石が多数見つかっており、主な餌だった可能性が高い。
こうした歯と顎の構造は、この動物が当時の生態系において、強力な捕食者としての地位にあったことを示している。
他の動物が手を出せなかった硬い獲物を独占的に捕らえることができたことで、サイモゲールは湿地の食物連鎖における上位の存在だったと考えられている。
泳ぎよりも掘るのが得意だった
2025年の最新研究で、アリゾナ州立大学の大学院生ブレントン・エイドリアン氏率いる研究チームは、博物館に所蔵されている現生のイタチ科動物の骨格標本や文献データと比較し、サイモゲールの大腿骨などを詳細に分析した。
その結果、この動物は水中生活に特化したカワウソのような泳ぎの達人ではなく、泥の中を掘って獲物を探すような生活をしていた可能性が高いことがわかった。
実際に、保存状態の良い大腿骨からは、筋肉の付着部位とされる溝やくぼみが確認されており、それらの特徴は腰回りの安定性に関係しているとみられる。
これは、掘る・押し出すといった動作を支える骨格構造であり、現代のアナグマやツメナシカワウソ属のような捕食形態を思わせるものだった。
アフリカに生息する現代のツメナシカワウソ属[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%84%E3%83%A1%E3%83%8A%E3%82%B7%E3%82%AB%E3%83%AF%E3%82%A6%E3%82%BD%E5%B1%9E](Aonyx)は、魚をほとんど食べず、川岸の泥に鼻先を突っ込んで、貝やカニ、ミミズなどを探し出して食べることで知られている。
サイモゲールも、そうした泥の中に隠れた硬い獲物を、強力な顎と歯で丸ごと噛み砕いていたのかもしれない。
ただしまったく泳げなかったわけではなく、浅瀬をパドルのように進む程度の水中活動は行っていたと考えられている。
現生のカワウソとは異なり、地上や水辺での掘る行動に重点を置いた水陸両用のライフスタイルを送っていたようだ。
サイモゲールは、貝類や甲殻類、さらには小型哺乳類など、幅広い獲物を捕食し、長期にわたり安定した地位を保ち、繁栄したと考えられている。
その証拠に、同じ地層からはサイモゲールの個体が比較的多く見つかっている。
同時代の最大級の肉食動物としての位置づけ
また、この時代の中国南西部では、サイモゲールよりも大きな肉食動物の化石は今のところ見つかっていない。
これは、同地域の生態系において、彼らが実質的に捕食上位にいた可能性を示している。
もちろん、彼らがライオンのように大型哺乳類を狩っていたという証拠はないが、サイズ・顎の強さ・歯の構造から見て、他の動物にとって警戒すべき存在であったことは間違いない。
なお、600万~200万年前にユーラシア大陸やアフリカに生息していた「エンヒドリオドン・オモエンシス(Enhydriodon omoensis)」は、さらに大きく、体重200kgのライオンを超えるサイズの巨大カワウソで、草食動物を狩っていた可能性がある。
だが、少なくとも600万年前の中国の湿地帯では、サイモゲールが最大級の捕食者だったようだ。
この研究成果は『The Anatomical Record[https://anatomypubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/epdf/10.1002/ar.25669]』に掲載された。
References: Onlinelibrary.wiley.com[https://anatomypubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/epdf/10.1002/ar.25669] / News.asu.edu[https://news.asu.edu/20250519-science-and-technology-asu-scientists-uncover-new-details-about-giant-prehistoric-otter]