
化石からその生態を推測するのは簡単なことではない。なぜなら、柔らかい部分はほぼ失われており、骨格からしか手がかりが得られないからだ。
だが今回、約2億4000万年前、中期三畳紀の海にすんでいた海棲爬虫類「ラリオサウルス属」の一種から、皮膚が保存された状態の化石が発見された。
うろこの輪郭や水かきのある手足、さらに前肢に付いていた筋肉の痕跡まで、当時の姿がほぼ完全に残されていたのだ。
古生物学者にとってはまさに夢のような発見であり、泳ぎ方や筋肉の使い方など、行動についての新たな知見が得られた。
この研究成果は『Swiss Journal of Palaeontology[https://sjpp.springeropen.com/articles/10.1186/s13358-025-00396-z]』(2025年8月29日付)に発表された。
ノトサウルス科の小柄な海洋爬虫類、ラリオサウルス属
ラリオサウルス属(Lariosaurus)は、三畳紀中期にヨーロッパの浅い海に生息していた海棲爬虫類で、ノトサウルス科(Nothosauridae)に属する。
ラリオサウルス属は、体長がおよそ60 cmと、同じノトサウルス科、ノトサウルス属(全長1~5m)の仲間たちと比べてもひときわ小柄だった。
首も短く、足の指も短かったため、あまり泳ぎに適した体つきには見えない。そのため、ノトサウルス科の中でも原始的な特徴を残していたとされる。
この属の化石は、イタリアのコモ湖周辺で最初に発見され、「ラリオ湖のトカゲ」を意味する名「ラリオサウルス」がつけられた。
その後、ヨーロッパ各地でいくつかの種が確認されており、今回、皮膚が残された状態で発見されたのがその1種、「ラリオサウルス・ヴァルケレシイ(Lariosaurus valceresii)」である。
皮膚が残されていたラリオサウルス・ヴァルケレシイの化石
今回発表されたラリオサウルス・ヴァルケレシイの化石は、スイスとイタリアの国境に位置するモンテ・サン・ジョルジョで発見された。
この地域は三畳紀の化石が豊富に見つかることで知られ、ユネスコの世界遺産にも登録されている。
この化石は非常に保存状態がよく、皮膚が炭素の膜として化石に残っていた。うろこの形状や配列、そして手足の輪郭までがはっきりと確認されている。
ラリオサウルス属の化石で皮膚が見つかったのは、これが史上初のことである。
この保存された皮膚から、ラリオサウルス・ヴァルケレシイには水かきのある手足があったことがわかる。
さらに、上腕部の後ろ側や胴体の前面には、前肢を引き寄せるための強い筋肉、「けん引筋(retractor muscles)」の痕跡も確認された。
これらの特徴は、ラリオサウルスが前肢を使って水をかくように泳いでいたことを示している。現代のアザラシやカワウソのように、前足で水を押し出しながら素早く移動するスタイルである。
泳ぎ方に見るラリオサウルス属の進化
これまでノトサウルス科の海棲爬虫類は、尾を左右にくねらせて泳ぐ“うねり”運動が主な推進方法とされてきた。だが、今回の化石はそれとは異なる可能性を示している。
これまでも骨格の構造から、前肢がある程度泳ぎに使われていたのではないかと推測されていたが、皮膚や筋肉の痕跡というかたちで直接的な証拠が見つかったのは、今回が初めてだ。
ラリオサウルスは、同じ時代に生きていた他の海棲爬虫類とは異なる方法で泳いでいたのである。
ラリオサウルスが前肢を使った推進を重視していたのに対し、別の種は尾による遊泳を主な手段としていた可能性が高い。
こうした泳ぎ方の違いは、2億4000万年前の海の中でも、種ごとに異なる進化戦略が共存していたことを物語っている。
皮膚が保存された化石は非常にまれであり、今回の発見は、ラリオサウルス属の生態に迫るうえで極めて貴重な手がかりとなる。
今後も同様の保存状態を持つ化石が見つかれば、三畳紀の海棲爬虫類たちの暮らしぶりが、さらに詳しく解明されていくだろう。
References: Springeropen.com[https://sjpp.springeropen.com/articles/10.1186/s13358-025-00396-z] / First-Ever Lariosaurus With Preserved Skin Is One Of The Most Complete Sea Monsters We’ve Ever Found[https://www.iflscience.com/first-ever-lariosaurus-with-preserved-skin-is-one-of-the-most-complete-sea-monsters-weve-ever-found-80944]