
中東・サウジアラビア北部の乾いた大地に、1万年以上前の人類が刻んだ多数の岩絵が発見された。そこに刻まれていたのはラクダやヤギ、原牛(オーロックス)など、ほぼ実物大の迫力ある動物たちの姿だ。
これらの岩絵はただの芸術作品ではなかった。砂漠を渡る人々を水源へと導く「道しるべ」だった可能性があることが、国際研究チームの調査で明らかとなった。
最終氷期末期の乾燥した環境の中、人々は季節ごとに現れる水源を頼りに砂漠を進んでいた。こうした岩絵は、限られた水の在りかを示す「生きるための地図」として、重要な役割を果たしていたと考えられている。
この研究成果は、学術誌『Nature Communications[https://www.nature.com/articles/s41467-025-63417-y]』(2025年9月30日付)に掲載された。
ネフド砂漠で発見された巨大な岩絵群
サウジアラビア文化省遺産委員会を中心とした国際研究プロジェクト「グリーン・アラビア・プロジェクト」の研究チームは、アラビア半島北部の内陸にあるネフド砂漠の調査を行った。
そこにある、ジェベル・アルナーン、ジェベル・ムライハ、ジェベル・ミスマの3地域から、62面の岩面彫刻が新たに発見された。
これらの壁面には、合計176点の動物や人間の姿が刻まれており、年代は約1万2800~1万1400年前と推定されており、旧石器時代の終末期から中石器時代にあたる。
断崖に刻まれた実物大の動物たち
確認された彫刻のうち大部分の動物は、実物大かつ写実的に刻まれていた。主な動物はラクダ(90点)、アイベックス(野生ヤギ、17点)、ウマ科動物(15点)、ガゼル(7点)、そして家畜牛の祖先である原牛、オーロックス(1点)である。
加えて、ラクダの足跡、19体の人間像、顔や仮面のような形、未解読の部分的な彫刻も含まれていた。
これらの岩面彫刻は、視界の開けた断崖の高所に集中しており、最大で高さ39mに達する岩壁にも刻まれていた。
中には、岩棚を登って作業する必要があったものもあり、当時の人々が相当な労力と危険を伴って制作していたことがうかがえる。
砂漠を旅する人々を水に導く「道しるべ」
研究チームは、これらの岩絵が水源や移動ルートを示す「視覚的な道標」として機能していた可能性を指摘している。
また、単なる実用情報だけでなく、領域の権利や文化的アイデンティティを示す意味合いもあったと考えられている。
「この巨大な岩面彫刻は、ただの装飾ではなく、自分たちがこの土地で生き、そこに水への道があることを伝えるための手段だったと考えられます」と、筆頭著者であるマックス・プランク地球人類学研究所のマリア・グアニン博士は述べている。
共同研究者のロンドン大学考古学研究所のセリ・シプトン博士も、「壁面彫刻は水源と移動経路を示すだけでなく、この地域に暮らす人々の生活や考え方を次の世代に伝える役割も果たしていた可能性があります」と語っている。
遠方とのつながりと、地域固有の文化表現
岩絵の直下からは、彫刻に使用されたクサビ形の石器のほか、レバント地方(地中海東岸)に共通する前土器新石器時代(PPN)の石器(エル・キアム型やヘルワーン型)、デンティリウム(巻貝)ビーズが発見された。
また、赤色顔料の断片や緑色の銅鉱石も出土している。
ただし、これらの顔料が彫刻に実際に塗布された証拠は見つかっておらず、彩色された岩絵であったかどうかは現時点では不明である。
一方で、彫刻のスケールや構図、配置方法は他地域とは異なっており、乾燥環境に適応した地域独自の文化的表現であると考えられている。
「このような表現は、厳しい環境の中で生きた人々の暮らしぶりや考え方を、形として残そうとしたものだと言えるでしょう」と、サウジアラビア文化省のファイサル・アル=ジブリーン博士は語った。
氷期から完新世へ、文化の記録
今回の発見は、最終氷期から完新世への気候移行期における人類の行動と適応を理解するうえで貴重な資料となる。
研究者らは、この時期の北アラビアにおける考古学的空白を埋める成果として注目している。
プロジェクト責任者であるマイケル・ペトラーグリア博士は、「この発見により、初期の砂漠社会がいかに過酷な環境の中で創意工夫を凝らし、文化を形成していたかが明らかになった」と述べている。
References: Nature[https://www.nature.com/articles/s41467-025-63417-y] / Scimex[https://www.scimex.org/newsfeed/12-000-year-old-monumental-camel-rock-art-acted-as-ancient-road-signs-to-desert-water-sources]