
人にはまだ知られざる面白い習性が備わっている。ただ立っているだけではなく、歩いている時に限り、脳は周囲の音に対してより敏感に反応することが新たな研究により明らかとなった。
ドイツのヴュルツブルク大学と中国の浙江大学の研究チームは、人が「立ち止まった」状態と「歩いている」状態で、脳の音への反応がどう変わるのかを調べた。
その結果、移動をともなう歩行中には、音に対する神経反応がより強く活発になった。脳は、体の状況に合わせて、聴覚を柔軟に調整している可能性がある。
人は歩行中、脳の音への反応が強まる
研究チームは、30人の参加者に対し、強さが変化する連続音を聴かせながら、8の字型のルートを歩いてもらった。その間、脳波を測定し、音への神経的な反応を記録した。
比較として、参加者がその場で立ち止まっている場合や、足踏みだけをしている場合でも同様の音を聴かせ、条件ごとの違いを調べた。
その結果、実際に移動をともなう歩行中に限り、脳が音に対してより強く反応していることが確認された。
これは、歩くという動作が、脳の聴覚処理に影響を与えていることを示している。
進行方向によって左右の耳の反応が変化する
研究ではさらに、歩いているときに右や左へ曲がると、どちらの耳に音が聞こえたかによって脳の反応が変わるという興味深い現象も観察された。
たとえば参加者が右に曲がった際、右耳からの音への反応が一時的に強まり、その後は弱まるというパターンが見られた。左に曲がった場合も、同様に左耳への反応が変化した。
この現象は、脳が進行方向に応じて注意の向け方を調整し、左右の音への感度を使い分けている可能性を示している。
突発的な音にはより強く反応する
実験では、連続音の中に突発的な音を加えることで、脳がどう反応するかも調べられた。
この突発音は、それまでの音への反応とは異なる神経反応を引き起こし、特に片耳だけから聞こえた場合に強く反応が現れた。しかもこの現象も、歩行中に最も顕著だった。
これにより、脳が歩行中には「予測できる音」(たとえば足音や風の音)を無視し、「予測できない突発音」に意識を集中させていることがわかる。
脳は、必要な音とそうでもない音を聞き分け、重要な情報にだけ注意を向けるしくみを働かせていると考えられる。
この研究が明らかにしたこと
この研究で明らかになったことをQ&A形式でまとめてみた。
Q:歩くことで、脳の音の処理はどう変わるのか?
A:立っているときや足踏みをしているときと比べて、歩行中には音に対する神経反応が強くなっていた。これは、脳が移動中に聴覚処理を高めていることを示している。
Q:歩く方向によって、耳の反応も変わるのか?
A:右や左に曲がると、それぞれの耳からの音への反応が変化していた。脳は進行方向に合わせて、注意を向ける対象を調整していると考えられる。
Q:脳はどうやって必要な音を選んでいるのか?
A:歩行中の脳は、予測できる音を抑え、予測できない突発音にはより強く反応する傾向があった。このことは、脳が移動中に必要な情報を優先的に処理する仕組みを持っている可能性を示している。
歩行中(移動中)は視界が不安定で、周囲の状況が常に変化している。こうした状況に対応するため、脳は聴覚の感度を高め、重要な音に素早く反応できるようにしているようだ。
これは、周囲の変化をいち早く察知し、安全に行動するために人間が獲得した、無意識下で行われている適応的な働きなのだろう。
この研究結果のプレプリントは『National Library of Medicine[https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/41022567/]』誌(2025年9月29日付)に掲載されており、『Journal of Neuroscience』誌に近日掲載される予定だ。
References: Walking Tunes the Brain to Sounds, Sharpens Auditory Awareness[https://neurosciencenews.com/auditory-processing-walking-29751/] / Nlm.nih.gov[https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/41022567/]