
夜の湿地や墓地にふわりと現れる青白い光。日本では「鬼火」と呼ばれ、昔から怪奇現象として語り継がれてきた。
海外では「ウィル・オー・ザ・ウィスプ(Will-o’-the-wisp)」として知られ、旅人を迷わせる霊の仕業だと考えられてきたが、科学的には、腐敗した植物や動物から発生するメタンガスが燃える現象とされている。
とはいえ、メタンは常温下では自然に発火しない性質を持つため、なぜ火がつくのかについては長年説明がつかなかった。
そんななか、アメリカ、スタンフォード大学の研究チームがその謎に挑み、新たな説を打ち出した。水中の気泡から生じるごく小さな電気放電が、メタンを発火させている可能性があるというのだ。
この研究成果は『Proceedings of the National Academy of Sciences[https://www.pnas.org/doi/full/10.1073/pnas.2521255122]』誌(2025年9月29日付)に発表された。
自然発火しないはずのメタンになぜ火がつくのか?
鬼火(おにび)は、動植物の腐敗によって地中から発生したメタンガスが、何らかのきっかけで燃えることで生じると考えられてきた。
しかし、メタンは空気中で自然に火がつく物質ではない。常温下では、火種や高温状態でなくては燃えない性質を持つ。
この矛盾を解く鍵として注目されたのが、「マイクロライトニング(Microlightning)」と呼ばれる現象で、日本語にすると「微小電気放電」となる。
これはごく小さなスケールで自然に発生する、雷のような電気的な放電現象を指す。
水滴や気泡が正負の電荷を帯びた状態で接近したときに、外部から電圧をかけなくても電気が飛び、瞬間的に光と熱が生まれる。
つまり、自然環境の中でも、水の中で目に見えないほどの小さなスパークが発生する可能性もあるのだ。
このマイクロライトニングが、鬼火の火種となっているのではないかと、スタンフォード大学の研究チームは仮説を立てた。
微小電気放電は本当に起きるのか?
マイクロライトニング(微小電気放電)が自然界で発生するという仮説を裏付けるため、スタンフォード大学のリチャード・ザーレ博士の研究チームは、実験でその現象を再現しようと試みた。
まず、水の中でメタンと空気を混ぜた微細な気泡を発生させる装置を用意し、自然界の沼地や湿地に近い環境を人工的に作り出した。
気泡が次々と生まれ、互いに接近していく中で、チームは高速度カメラや光検出器を使い、その瞬間に何が起きているのかを詳しく観察した。
その結果、気泡が触れ合う直前に一瞬だけ光が走る様子が確認された。
これは、雷のようなごく小さな放電であり、マイクロライトニングが実験環境でも確かに発生したことを示していた。
気泡の放電がメタンを発火させる仕組み
気泡から放電が起こることは確認された。次に確かめることは、そのエネルギーが本当にメタンに火をつけるだけの力を持っているかどうかである。
研究チームは、放電の瞬間に発生する光のスペクトルを分析し、化学反応の痕跡を調べた。さらに、温度の変化や発生したガスの成分も、質量分析装置を使って詳しく測定した。
その結果、気泡の間で放電が起きた直後にメタンの酸化反応が始まり、わずかではあるが光と熱が発生していたことが確認された。
つまり、外部から火を加えなくても、微小電気放電によってメタンが燃焼する可能性があるということになる。
鬼火の発生メカニズムとしては、地中から発生したメタンが空気と混ざり、気泡となって水中を上昇する過程で、気泡どうしの接近によってマイクロライトニングが起こる。
それが火種となってメタンが燃焼し、光と熱を生じさせるという流れになる。
これは、マイクロライトニングが湿地などの自然環境で実際に起きているかもしれないという、重要な手がかりとなる発見だった
自然界の“火のない火”を科学で解き明かす
今回の実験は、鬼火の正体そのものを証明したわけではない。
だが、これまで仮説の域を出なかった現象に対して、初めて実験による裏付けを与えたことに大きな意義がある。
研究チームは、外部から火種や電源がなくても、自然界では電気放電が発生し、メタンのような可燃性ガスを燃やす化学反応が起こりうる可能性を示した。
これは鬼火に限らず、さまざまな自然現象の中で、知られざる電気の役割がある可能性を示している。
たとえば、土壌や水中での化学反応、あるいは生命の起源に関わる反応などにも応用が広がるかもしれない。
今後は、自然環境の中で実際にこのようなマイクロライトニングがどれくらいの頻度で起きているのか、どのような条件で発生するのかを詳しく調べる予定だという。
References: Science[https://www.science.org/content/article/mysterious-will-o-wisps-ignited-microlightning] / PHYS[https://phys.org/news/2025-09-microlightning-sought-explanation-wisps.html] / PNAS[https://www.pnas.org/doi/full/10.1073/pnas.2521255122]