ヒトの皮膚細胞から卵子を作ることに成功、不妊治療の新たな選択肢
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 ヒトの皮膚細胞から新たな命が生まれるかもしれない。そんなSFのような研究が、現実味を帯びてきた。

 アメリカと韓国の研究チームが、皮膚細胞の核を使って受精反応を起こす卵子細胞を作ることに成功した。この技術が進めば、病気や加齢などで卵子を持てない人が、自分の遺伝子を受け継ぐ子どもを持てる可能性があるという。

 不妊治療の未来を大きく変える可能性を秘めたこの研究だが、技術的な課題や倫理的な議論も多く、実用化にはまだ長い道のりが残されている。

この研究は『Nature Communications[https://www.nature.com/articles/s41467-025-63454-7]』誌(2025年10月1日付)に掲載された。

クローン羊、ドリーと同様の技術でヒトの皮膚細胞を卵子細胞に

アメリカ、オレゴン健康科学大学のショウクラット・ミタリポフ教授と、韓国CHA医科学大学の研究チームは、ヒトの皮膚細胞を使って人工的に卵子細胞を作るという画期的な実験に取り組んだ。

 人間の皮膚を含む多くの細胞には、「核」と呼ばれる部分がある。この核には、その人のDNA(染色体)がすべて収められており、いわば体全体の設計図が詰まっている。

 今回の研究では、健康な女性が提供した卵子から核を取り除き、代わりに別の女性の皮膚細胞から取り出した核をその中に入れた。こうすることで、皮膚細胞の遺伝情報を持ちながら、卵子としての構造と機能を備えた細胞が生まれる。

 この技術は「体細胞核移植(SCNT)」と呼ばれ、1996年にスコットランドのロズリン研究所で羊のクローン「ドリー」が誕生した際にも使われた手法である。

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卵子として機能させるために必要な染色体の調整

 人間の体をつくるすべての細胞(皮膚、血液、内臓など)には、父親と母親から受け継いだ合計46本の染色体がある。これが人間の遺伝情報の基本となっている。

 一方で、卵子や精子といった生殖細胞には23本の染色体しかない。これは、体の細胞が「減数分裂」と呼ばれる特殊な分裂を行うことで、染色体の数を半分に減らして作られる。

 受精が起きると、卵子と精子がそれぞれ持つ23本の染色体が合わさり、再び46本となって、新しい命が育っていく。

 今回の研究で使われた皮膚細胞は、通常の体細胞なので、染色体を46本持っている。このままでは卵子として受精に使うことはできない。

 そこで研究チームは、核移植によって作った卵子細胞に染色体を23本に減らす処理を行う必要があった。

 そこで使用されたのが、「ロスコビチン」という薬剤である。これは、細胞が分裂するタイミングを調整する役割を持つ化合物で、染色体の動きをコントロールするために使われた。

 薬剤を加えて刺激すると、卵子細胞内の染色体の約半分が「極体(きょくたい)」と呼ばれる構造に押し出される。

 極体とは、卵子が減数分裂を行う際に、余分な染色体を排出するために作られる小さな細胞片のことだ。

 この処理により、細胞内には23本の染色体が残る状態になる。精子がそこに加われば、理論上は正常な46本の染色体を持つ受精卵になる。

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機能する卵子細胞の作製に成功

 今回の研究で作られた卵子細胞に精子を加えたところ、一部の細胞で受精反応が起きた。卵子細胞が精子と結びついて細胞分裂を始めるこの反応は、受精が成立したことを示す重要なサインである。

 このうちの数個は、6日間の培養で「胚盤胞(はいばんほう)」と呼ばれる構造まで発達した。

胚盤胞は、受精後5~6日程度で細胞分裂を繰り返し、着床できる状態になった胚のことで、受精卵が細胞として機能していたことを意味する。

 皮膚細胞の核を使って卵子細胞を作り、そこから初期の胚まで発生させたのは世界で初めての成功例であり、専門家たちも「新しい卵子を作り出す技術」として高く評価している。

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残された課題は正常な染色体を安定して作り出す事

  一方で、できあがった胚の染色体の数や組み合わせには、さまざまな異常が見られた。たとえば、染色体の数が本来の23対(46本)ではなく、3本と43本に分かれてしまったり、対になるべき染色体の組み合わせが不完全だったりしたケースも確認されている。

 これは、本来は自然な体内で行われる「減数分裂」を人工的な環境で再現したため、染色体が正確に分離されなかったことが原因と考えられている。

 さらに、自然の減数分裂では、染色体どうしが一部入れ替わる「組み換え」と呼ばれる現象が起きる。これは兄弟姉妹であっても完全には同じ遺伝情報にならない理由の一つで、遺伝的な多様性を生み出す重要な仕組みだ。

 しかし、今回の実験ではこの組み換えも確認されておらず、人工的に作られた卵子細胞が、自然の卵子とまったく同じ働きをしているとは言いがたい。

 それでも、この研究成果は、皮膚細胞から卵子細胞を作り、そこから初期の胚を得るという、これまで理論上のアイデアにすぎなかった技術が、実験によって現実に可能であることを初めて示したものだ。

 これは、概念実証[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A6%82%E5%BF%B5%E5%AE%9F%E8%A8%BC]と呼ばれ、将来の実用化に向けた出発点と位置づけられる。

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将来的には不妊治療の選択肢となる可能性

 この技術が将来的に確立されれば、がん治療や加齢などで卵子を失った人々にとって、自分の遺伝情報を受け継ぐ子どもを持つ道が開かれるかもしれない。

 また今回の研究では女性の皮膚細胞を使用したが、男性の皮膚細胞も使用することができるため、子供が欲しい同性カップルにも応用可能だという。

 ただし、今回の手法では他人の卵子を土台(細胞質)として使用しているため、自分自身の細胞だけで完全な卵子を作るには至っていない。

 また、染色体の分配異常や減数分裂の未熟さといった技術的課題も明確になった。

 研究チームも、「安全性と有効性を検証し、臨床応用に進むには最低10年はかかる」としており、実用化には時間が必要だと認めている。

 それでも今回の成果は、生殖細胞を人工的に作り出す「体外配偶子形成(in vitro gametogenesis)」の研究において、大きな一歩と位置づけられている。

 再生医療や不妊治療の分野で世界的に注目を集めており、日本国内でもiPS細胞を使った研究が進められている。

References: Nature[https://www.nature.com/articles/s41467-025-63454-7] / News.ohsu.edu[https://news.ohsu.edu/2025/09/30/ohsu-researchers-develop-functional-eggs-from-human-skin-cells]

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