天然のタイムカプセル。ヒゲワシの巣の中に、14世紀の人間の所有物を大量に発見
<a href="https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Bartgeier_(Gypaetus_barbatus)_01.jpg" target="_blank">Norbert Potensky</a>, <a href="https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0" target="_blank">CC BY-SA 3.0</a>, via Wikimedia Commons

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 鳥類は、人間の道具やゴミを持ち帰って巣作りに使うことで知られている。現代の日本でいうとカラスが好んで使うワイヤーのハンガーなんかがそうだ。

 中には何世代にもわたって同じ巣を使い続けるものたちがいる。「ヒゲワシ」という猛禽類も、世代を超えて巣を継承する鳥たちの一種である。

 スペインの研究者たちが、使われなくなったヒゲワシの巣を調査したところ、なんと約700年前、当時の人々が使用していた「考古学的」遺物が発見されたという。

 この研究成果は学術誌『Ecology』[https://esajournals.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/ecy.70191](2025年9月11日付)に発表された。

ヒゲワシの巣は天然のタイムカプセル

 スペイン、グラナダ大学の生物学者による研究チームは、スペイン南部にあるヒゲワシの放棄された巣を調査した。

 研究チームは2008年から2014年にかけて、放棄されたヒゲワシの巣12カ所の調査を行った結果、226点もの人間の「遺物」が発見された。

 調査を行った地域では、ヒゲワシは約70~130年前に局所的に絶滅したとされ、これらの巣もその後ずっと放棄されていたものだ。

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中世の人々が使用していた人工物が大量に発見される

 この巣から見つかった物の総数は2,483点に上るが、そのうちの226点、つまり約9.1%が人間に由来する遺物だったという。

 その内訳は布片129枚、皮革片72枚のほか、木製の槍や矢尻、馬具、籠の破片、ロープなど、当時の生活を知る上で、大変貴重な資料となる品々だ。

 約650~750年前のものと推定される、エスパルト草(イネ科の草)で作られた完全なサンダルも発見された。

 エスパルト草のサンダルは、中世スペインの農民の履物としては、一般的なものだったそうだ。

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 更に、約726年前の赤く彩色された羊革片も見つかっている。その用途はまだ判明していないが、赤い塗料は赤土に由来するものらしい。

洞窟の良好な環境により、遺物は何世紀にもわたって保存されており、これらの巣は正真正銘の「自然博物館」であると考えられます

 論文の筆頭著者である、ピレネー生態学研究所の生態学者アントニ・マルガリダ博士は、今回の発見についてこう語っている。

 まるでヒゲワシの巣が天然の「タイムカプセル」の役割を果たしたように、7世紀という時を超えて見つかったこれらの遺物は、ほぼ完全な形を保っていたという。

 今回の研究成果は、ヒゲワシという鳥の生態学的な視点だけではなく、考古学的・民俗学的な視点からも大変貴重なものだと言えるだろう。

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 実はこのような動物の巣から、人間由来の「遺物」が発見されたのはこれが初めてではない。

 ネズミの巣からも、人間のところから持ち去ったと思われる日用品やゴミなどが、貴重な遺物として発見されることがある。

 アメリカでは南部の邸宅にあったネズミの巣[https://www.smithsonianmag.com/science-nature/archaeological-treasures-hidden-rat-nests-180973544/]から、19世紀初頭ののものと思われる布類やボタン、印刷された紙片などが見つかっている。

「骨を食べる鳥」として知られるヒゲワシ

 ヒゲワシ(学名:Gypaetus barbatus)とはユーラシア大陸からアフリカ大陸にかけて生息する、大型のハゲワシの仲間である。

 成長の全長は約95~125cm。翼を広げた時の翼開長は最大で3mにも達し、体重は4.5~7kgにもなるという。

 ピレネーやアルプス、コーカサス、アラビア半島の高山帯に分布しており、一説によるとアラビアンナイトに登場する「怪鳥ロック」とは、このハゲワシなんだそうだ。

 骨を主は食事とする唯一の鳥として知られており、その食性の8~9割は、死んだ動物の骨や骨髄だと言われている。

 他の捕食者の食べ残しの骨を咥えて上空に運び、岩場に落として割る「骨落とし」を繰り返して、中の骨髄を食べるのだとか。

 和名の「ヒゲワシ」は、クチバシの付け根から垂れ下がっている、黒いヒゲのような羽毛に由来する。

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 彼らは洞窟の中などの垂直な岩壁に巣を構え、基本的に一夫一妻で繁殖を行う。

この巣は世代を超えて再利用されるため、巣作りに使われた材料が長年にわたって堆積し、厚い層をなすようになるんだそうだ。

 温度と湿度が安定した洞窟や岩陰に守られた巣は、まさに自然の博物館として機能し、歴史的資料を良好な状態で保存してきた。

 他の巣を調査すれば、時代ごとの食性の変化や巣の選ばれ方だけでなく、ヒゲワシの生息地周辺に暮らす人々の風習についても新たな知見が得られるかもしれないという。知見が得られるのではないでしょうか

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「準絶滅危惧種」からの復活を目指す

 かつてヒゲワシは南ヨーロッパの山岳地帯に多く生息していたが、19~20世紀にかけて、彼らはこの地域から姿を消し始めた。

 家畜を守るために撒かれた毒餌を食べたり、風力発電のタービンに衝突したりといった原因が挙げられているが、今回調査が行われた地域でも、既にヒゲワシの姿を見ることはできなくなっている。

 現在、ヒゲワシはレッドリスト「準絶滅危惧種」に指定されており、世界の成熟個体はおおむね1,700~6,700羽と推定されているそうだ。

 ヨーロッパ全体では約465つがいが生息していると見られ、アルプスなどでは現在、ヒゲワシの再導入を目指して、給餌や啓発活動が続けられている

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 なお、このヒゲワシは日本国内では唯一、静岡県にある日本平動物園[https://www.nhdzoo.jp/index.php]で、メスの「クリッパー」という個体が飼育・公開されている。

 体調次第で会える時と会えない時があるのだが、2025年10月現在は展示を再開しているようだ。興味のある人はぜひ会いに行ってみよう。

References: Onlinelibrary.wiley.com[https://esajournals.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/ecy.70191] / Multi-generational vulture nests hold 700 years of human artifacts[https://www.popsci.com/environment/bearded-vulture-nest-archaeology/]

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