第二次世界大戦の爆薬とミサイルの墓場が、皮肉にも海の命を支えていた
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 ドイツ北部、バルト海に面したリューベック湾の海底には、第二次世界大戦後に投棄された大量の未使用弾薬や兵器の残骸が、負の遺産として横たわっている。

 だが今では、その周囲に魚やカニ、ヒトデ、イソギンチャクなど多くの生き物が集まり、まるで水中庭園のような生態系が広がっている。

 もともとは生命が生きられないほど有害な化学物質に満ちた場所だったが、人間の破壊の痕跡が、皮肉にも新たな命のゆりかごとなってたのだ。

 とはいえ、これらの兵器はすでに劣化が進み、内部の爆薬はじわじわと海中に溶け出しており、今もなお危険な毒を放ち続けている。

 この研究成果は『Communications Earth & Environment[https://www.nature.com/articles/s43247-025-02593-7]』誌(2025年9月25日付)に発表された。

人間の投棄した危険な兵器が水中生物たちのすみかに

 第二次世界大戦の終結後、ドイツでは使われなかった160万トンもの大量の弾薬や、ミサイル、爆弾、魚雷の頭部、機雷といった兵器が、バルト海の、特にリューベック湾のハフクルークとペルツァーハーケンの海域の間に大量に沈められた。

  ドイツ・ハンブルクにあるセンケンベルク海洋研究所の海洋生物学者、アンドレイ・ヴェデニン博士ら研究チームは、この海底の様子を調査した。

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 彼らは研究船ALKORから遠隔操作探査機(ROV)を使って現地を撮影し、映像を解析した。

 その結果、兵器の残骸には藻類が生い茂り、そこには、魚やカニ、ヒトデ、イソギンチャク、ムール貝、ゴカイ(毛のような足を持つ海の生物)など、さまざまな水中生物が集まっていることが確認された。

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多くの生物が兵器の金属表面に集まっていた

 映像を詳しく調べたヴェデニン博士らの研究チームは、多くの生物が兵器の「金属表面」に集中して生息していることに気づいた。

 これらの生物は、自然の岩場ではなく、ミサイルや魚雷の外殻、輸送用の部品、導火装置などの人工構造物を好んで選んでいたのだ。

 金属の表面には適度な凹凸があり、張りつきやすく、隠れ場所としても機能していると考えられる。

 中でもイソギンチャクは、比較的原形を保っている金属製の外殻を特に好んでいた。錆びて崩れた部分よりも、しっかりした構造の方に多く集まっていたことが映像からわかる。

 一方、爆薬が露出し、気泡の穴が空いたような不安定な部分には、ほとんど生物が見られなかった。

 普段は過酷な環境にも適応するゴカイですら、そうした場所には近づいていなかった。

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今も漏れ続ける爆薬とその影響

 兵器の外殻が生物のすみかとして機能している一方で、その内部には今も爆薬が残っている。

 中でもトリニトロトルエン(TNT)は、軍用の爆弾や地雷などに広く使われる爆薬で、水に溶けやすく、長期間にわたって環境中に残留する性質がある。

 人体にも有害とされており、水中に溶け出すと海洋生物に悪影響を及ぼす可能性がある。

 ヴェデニン博士の調査によれば、兵器が集中しているこの海域では、TNTの濃度がリューベック湾の他の場所よりも明らかに高かった。バルト海全体で見ても、この区域は突出して汚染が進んでいるという。

 さらに、生き物がどの兵器に付着しているかによって、曝露される爆薬の量も異なっていた。兵器の劣化具合や破損状況によって、住みついた生物が受ける化学的影響にもばらつきがあったのだ。

 調査では、ヒラメやタラといった食用の魚もこの海域に生息していることが確認されており、汚染が食物連鎖に影響を及ぼす可能性も指摘されている。

 爆薬の溶け出しが続く限り、こうした魚が人間の食卓に上るリスクも否定できない。

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兵器に代わる「安全な足場」を生き物たちに

 海底に沈んだ兵器が、生物にとって貴重なすみかとなっている現状は、簡単には無視できない事実でもある。

 ヴェデニン博士は、爆薬が溶け出す危険を放置するのではなく、安全な人工構造物に置き換えることを提案している。

 人工物の投入には、当然ながら新たな環境変化を引き起こすリスクがある。しかし、すでに人間の活動によって影響を受けた海域では、それを前提とした保全策が必要になる。

 博士は、「ドイツのバルト海のような地域では、安全で硬度の高い人工構造物の導入が、かえって自然に近い状態を取り戻す手段になり得る」と指摘している。

 人間が捨てた兵器が、今は生き物たちの命を支える場となっているのは事実だが、毒をまき散らし続ける危険物であることを忘れてはならない。

海をゴミ捨て場として利用していた人間が支払うべき代償

 リューベック湾のように、海に大量の兵器を投棄した例は他にもある。人間は長年にわたり、海を便利な「ごみ捨て場所」として利用してきた。

 現在では、兵器や爆薬だけでなく、マイクロプラスチックによる汚染も深刻化している。

 プラスチックごみが長い時間をかけて分解された微小な粒子は、世界中の海を漂い、さまざまな生物の体内に取り込まれている。

 2020年には、南太平洋のマリアナ海溝近くに生息する新種の端脚類(たんきゃくるい)が発見された。

 その体内には、プラスチックの一種、PET(ポリエチレンテレフタレート)片が検出され、それにちなみ「ユリテネス・プラスチカス(Eurythenes plasticus[https://www.worldwildlife.org/stories/meet-the-newly-discovered-ocean-species-plastic])」と名付けられた。

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 この発見は、人間が生み出した人工物が深海生物の体の一部にまで入り込んでいるという現実を突きつけた。

 マイクロプラスチックを取り込んだ魚やエビは、すでに私たちの食卓にも上がっている可能性がある。

 人類が海に捨ててきたものは、自然の仕組みを少しずつ変えている。その影響は、いずれ人間自身に跳ね返ってくるだろう。

 地球上の70%を占める海は、生態系を支えるための重要な場所だ。

だが今や、有害な物質が漂う危険な場所へと変化しているようだ。 

References: Nature[https://www.nature.com/articles/s43247-025-02593-7] / E360.yale.edu[https://e360.yale.edu/digest/world-war-ships-bombs-sea-life] / Popularmechanics[https://www.popularmechanics.com/science/a68050676/leaking-wwii-weapons-underwater-paradise/]

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