
地球からは見ることができない月の裏側だが、その内部は、私たちが普段見ている表側の内部よりも冷えていた可能性がある。
英ロンドン大学ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンと中国・北京大学の研究チームは、中国の探査機「嫦娥6号」が月の裏側から持ち帰った岩石を詳細に分析した。
その結果、裏側の内部、マントルで形成された岩石は、表側のマントルから生まれた岩石よりもおよそ100℃低い温度でできていたことが明らかになった。
これにより、長年の謎であった「月の表と裏の内部構造の違い」が、実際のサンプル分析によって初めて裏づけられたことになる。
この研究成果は『Nature Geoscience[https://www.nature.com/articles/s41561-025-01815-z.epdf?sharing_token=R1g4Hl_nGjkHgLNoaYohf9RgN0jAjWel9jnR3ZoTv0NorjqtUtu3Irr_u4kJQODHAla06ITalp2brhVLX_m7-NS9oGDFqHZC3vCutY6Oc1b3D9BTV354hWFlr_sINdjss-Nkp-Hxklasy1Rizoq2zKUrGoRBQCBjUWbccUvFGfQ5lBcAM67ZSSWY9kL__66i3Fz7stplGDnU2XZm0e_tWlePllGSA131o_Gbo_asEyE%3D&tracking_referrer=www.universetoday.com]』誌(2025年9月30日付)に発表された。
月の裏側から採取した岩石のサンプルを分析
研究チームは、中国の探査機「嫦娥6号」が2024年に月の裏側の巨大クレーター「南極エイトケン盆地」から採取した約300gの岩石と土壌を分析した。
試料(サンプル)の中には、月の内部にあるマントル層から上昇したマグマが冷えて固まった玄武岩質の岩石が含まれていた。
28億年前に形成された岩石であることが判明
まず、岩石中に含まれる鉛の同位体を二次イオン質量分析装置で測定した。
この装置は「イオンプローブ」とも呼ばれ、岩石表面にイオン(電荷を持つ粒子)をぶつけて、はじき出された微量の原子を分析することで、形成年代を正確に割り出すことができる。
その結果、この岩石はおよそ28億年前に形成されたものであることが明らかになった。
月の裏側内部は表側内部よりも約100℃低かった
さらに、鉱物の成分を調べるために電子プローブという装置を使用した。
こちらは、電子を照射して発生するX線のパターンから、岩石に含まれる元素の種類と割合を特定するもので、鉱物の組成や形成温度を推定するのに使われる。
これらの分析結果をコンピューターモデルと照らし合わせたところ、岩石はおよそ1100℃のマグマから結晶化したと推定された。
この温度は、アポロ計画で地球側(表側)から採取された岩石の形成温度(約1200℃)よりも約100℃低い。
つまり、月の裏側のマントルは表側のマントルよりも冷えていた可能性が高いということだ。
ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのヤン・リー教授は、「月の表と裏では、表面だけでなく内部構造や温度までもが異なっている。それは“二つの顔を持つ月”の謎の核心だ」と語る。
また、北京大学のシュエリン・ジュウ氏は「今回の結果は、月の表と裏の違いが地表にとどまらず、マントル深部にまで及んでいることを示している」と述べている。
熱を生む元素の偏りが、温度差を生んだ可能性
月の裏側は、表側よりも地殻が厚く、山が多く、火山活動の痕跡が少ない。
研究チームは、裏側の内部が冷たかった理由として「熱を生み出す放射性元素の偏在」を挙げている。
ウラン、トリウム、カリウムなどの放射性元素は、不安定な原子が放射線を出しながら別の元素に変わる「放射性崩壊(壊変)」によって熱を発する。
これらはリンや希土類元素とともに、「KREEP(クリープ)」と呼ばれる物質群を形成している。
KREEPは、カリウム(K)、希土類元素(Rare Earth Elements=REE)、リン(Phosphorus=P)の頭文字を組み合わせた地質学用語で、これらの元素を多く含む「KREEP」な物質は、月の内部温度の違いを説明する重要な手がかりとされている。
本来、KREEPは月全体に均等に分布していたと考えられているが、実際には表側のマントルに多く、裏側では少ない。
この偏りは、月の形成初期に巨大な天体が裏側に衝突し、内部の物質をかき混ぜて熱を生む元素を表側へ押しやったためと考えられている。
また、初期の月がもうひとつの小さな月と衝突・合体した結果、異なる熱特性を持つ二層構造ができたという説もある。
さらに、地球の重力が表側をわずかに引き伸ばし、熱をため込みやすくしている可能性も指摘されている。
数十億年たっても残る「月の温度の非対称性」
研究チームは、嫦娥6号の試料に加え、山東大学の衛星データを使って着陸地点周辺の地下温度を推定した。
その結果、表側のマントルとの温度差は約70℃に達していた。
この差は現在の表面温度とは関係がなく、月の誕生以来、内部がゆっくり冷える過程で生じた「熱の非対称性」がそのまま残っているとみられる。
月は約45億年前、地球と火星ほどの大きさの原始惑星が衝突して誕生したとされている。
形成初期、月全体はマグマオーシャン(溶けた岩石の海)に覆われていたが、冷却が進む中で熱を生み出す元素が偏在した結果、表側と裏側のマントル温度に差が生じたと考えられる。
月は非常にゆっくりと冷えていくため、この内部温度の不均衡は今もなお続いている可能性が高い。
References: Ucl.ac.uk[https://www.ucl.ac.uk/news/2025/sep/far-side-moon-may-be-colder-near-side]