ハチに似た蛾の発見で、英国初となる1万種の生物種を記録した自然保護区
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 イギリス東部ケンブリッジシャー州のウィッケン・フェン自然保護区が、国内で初めて「保護区内で確認・記録された生物の種類が1万種」を超えた場所となった。

 この1万種という数字は、植物、昆虫、鳥類、哺乳類、両生類、爬虫類、魚類、菌類など、現地で正式に観察・同定され、記録として積み上げられてきた全ての生物の合計を指す。

 そして記念すべき1万種目として新たに記録に加わったのが、スズメバチにそっくりな姿をした蛾、シックスベルト・クリアウィングだ。

 1899年に英国の自然保護団体ナショナルトラスト(National Trust)が、わずか0.008平方kmの湿地を購入してから126年。保全活動によって自然の回復力を引き出してきたこの場所は、今や約8.2平方kmの野生の楽園へと広がった。

栄えある1万種目はスズメバチ似の蛾

  今回1万種目として記録されたシックスベルト・クリアウィング(Six-belted Clearwing、学名:Bembecia ichneumoniformis)は、スカシバガ科に属し、黒い体に6本の黄色い帯を持つ。

 翅(ハネ)は一部が透明で、見た目だけでなく飛び方までハチに似せる擬態によって捕食者を遠ざける。

 ここでいう「スズメバチ」は、日本で知られる大型で攻撃的なオオスズメバチではなく、ヨーロッパで一般的なワスプ類(Vespidae科)を指す。刺す能力はないが、危険な昆虫そっくりに見せることで生存率を高めているのだ。

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保護区で広がる生態系

 近年の新記録には、フォーミダブル・アント・ビートル(Formidable ant beetle)、マメ科の希少植物グラスベッチリング(Grass vetchling)、別の蛾であるカモミール・シャーク(Chamomile shark)が含まれる。

 鳥類では、2022年に一晩だけねぐらをとったオジロワシや、2023年夏に複数回観察されたシュバシコウ、さらにカッコウなどの渡り鳥も確認されている。

 現在この保護区では、生物発光を行うグローワーム、フェン・ネトル(Fen nettle)、ミズハタネズミ(Water vole)、シルバー・バレン・モス(Silver barren moth)、カメムシの仲間、タイコウチ(Water scorpion)、食虫植物のミミカキグサ(Greater bladderwort)、トンボの一種ノーフォーク・ホーカー(Norfolk hawker)など、多彩な種が確認されている。

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126年をかけた拡張と保全活動の成果

 ナショナルトラスト[https://www.nationaltrust.org.uk/]がウィッケン・フェンを1899年に10ポンド(現在の約2,000円)で取得した当時、面積はわずか約0.008平方kmだった。

 その後126年かけて保全と拡張を続け、現在は約8.2平方kmに広がった。その間、詳細な野外記録が残され、20世紀だけでも新種として科学に報告された生物が13種見つかっている。

 1999年にナショナルトラストが生物多様性のチェックリストを整備して以降、保護区の面積は約2.25平方kmから約8.2平方kmへと3倍以上に拡大し、それに伴って観察記録も加速度的に増えた。

 管理者のアラン・ケル氏は「1万種達成は、この特別な場所に関わってきたすべての人の誇りだ」と述べ、「自然に機会と空間を与えれば、自然は見事に応える」と語っている。

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低地泥炭地の再生で気候変動対策と生物多様性を目指す

 ウィッケン・フェンでは今後も新たな種の記録が見込まれている。その背景には、ネイチャー・リカバリー・プロジェクト(The Nature Recovery Project)との新たな連携がある。

 ここを含む低地泥炭地の再生を進めることで、炭素の大量貯蔵という機能を取り戻し、気候変動への対策にも資する取り組みだ。

 プロジェクトの戦略責任者ジェームズ・ベリー氏は、「自然を守りながらでも農業を成り立たせられることを示せれば、この方法はほかの地域にも広げられるでしょう。そうなれば、これまで壊れてしまった泥炭地から出ていた二酸化炭素を減らす道が開けます。」と述べる。

 また、生き物たちが行き来できる通り道を増やせば、もっと多くの命がこの地で生き続けられると語った。

 デパートやイベントの1万人目のお客様以上の価値がある、自然保護区の1万種という記録は、研究者、ボランティア、地域の人々が記録を積み重ね、保全活動を続けてきたことにより成し遂げられたものだ。

 栄えある1万種目を飾ったのが、強そうなスズメバチに擬態した、シックスベルト・クリアウィングという小さな蛾だったのが印象的である。

 元々は人が壊した自然である。そこに人が適切に関わり、自然に回復の余地を残せば、生物多様性は戻ってくることが証明された事例でもある。

References: First Nature Reserve to Record 10,000 Species in UK–Thanks to Moth That Looks Like a Wasp[https://www.goodnewsnetwork.org/first-nature-reserve-to-record-10000-species-in-uk-thanks-to-moth-that-looks-like-a-wasp/]

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